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剣道再開組の中年剣士が生活習慣病と戦いながら剣道修行


by jdmn
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 昇段試験から早いもので1週間経ちました。ご指導いただいている先生方や稽古仲間、道場に通う子供たちの父兄の方々からも「おめでとう」「よかったね」と声をかけていただきありがとうございます。また、嬉しいメールもいただきました。感謝、感謝の思いです。

 今回の昇段試験で感じたことは、中高年で本格的に剣道を始めた私たちにとっては、四段は意外に大きなハードルだということです。

 とくに中高年者は身体も硬く、力みもあって、肝心の実技で本領を発揮でないまま終了となってしまうこともあります。しかし、試験で普段の稽古の成果が出せなければ、意味がありません。稽古の積み重ねがそのまま出るわけですから、言い訳は成り立ちません。
 審査の先生がはっきりと言いました。気剣体一致が前提となる剣道で、手足ばらばらになっている方が多く見受けられると。私も冴えのある一拍子の打ちをどうすればできるのか、それを何とか身に着けたいと、稽古しています。力まず、力を抜いてといわれてもつい無意識に身体のどこかに力が入ってしまうものです。

 打ち込みのときなどに、いかに肩の力を抜いて打てるか、そのあたりを意識して竹刀を振ります。また、若い人と違って、飛んで打てるわけではありません。打てる自分の間合いを知ることも大事です。自分で思いっきりメンに飛んで、仮に当たったとしても体勢が崩れている場合が多いのです。

 変な話ですが、以前は極端な言い方をすれば振りかぶりと打ちが二段モーションになっていて、相手の防御のタイミングをはずすため、たまにポコッとメンが当たることもありました。これは大いなる勘違いです。

 また、勢いがあっても打とうという意識が強すぎて、右に体勢が崩れることも私の欠点でもありました。相面の稽古でも当てようという気持ちが先走ると、右手が押さえたような打ちになり腰が残り、結果的には自分の剣先の軌道も右にずれて、面ががら空きの状態になっていました。

 そのあたりを大いに反省し、自分が楽に打てる距離から一拍子の打ちの感覚をつかみ、じょじょに身体を入れて勢いのある面打ちが出来るよう稽古しています。自分の打てるところまで攻めていくことは、相手にとっては近間になることもあります。また、絶好の打間となることもあります。不用意に間を詰めるのではなく、攻めていくという意識であることが大事だと心がけています。

 あと意識していることは構えです。自然で力みのない構えが出来るように、竹刀を持った手の位置から剣先の高さ、足幅、ひかがみのはり具合など鏡の前でチェックします。構えひとつで相手に与える印象は違ってきますよね。

 耕平の七番勝負次回から登場します。中断お許しを。
# by jdmn | 2005-12-04 15:45 | 稽古日誌
お久しぶりです。最近ぜんぜんブログが更新されていないね、とお叱りの声をいただいております。申し訳ありませんでした。怠けるにもほどがありますよね。

 お詫びの挨拶からはじまった本日は、3日に開かれた全日本剣道大会のお話から入りたいと思います。ずいぶん前の話で恐縮ですが、結果はご承知のように、原田悟選手が悲願の初優勝を飾りました。過去8度の出場のなかで準優勝が2度、3位が3度。とくに前回の決勝戦は鈴木剛選手に会心のメンを打ち込まれ、準優勝になった試合は印象的でした。

 今年の原田選手は、攻めつつも落ち着いた試合振りに安定感がありました。出場9回目のベテランと言えばそうですが、なおさら回りからのプレッシャーは相当なものだと思います。とくに決勝戦の相手が若手の内村良一選手ですからなおさらです。

 関東学生大会2連覇の内村選手も同じ警視庁ですから、手の内を知り尽くしている者同士の対戦となったわけです。延長戦に入った直後、原田選手の会心のコテが決まったわけですが、その瞬間なぜかほっとした気分になりました。決勝まで来たなら今年こそは優勝してもらいたいという気持ちがあったからでしょう。

 会場の多くの観客もそう思ったのではないでしょうか。翌日の新聞に、彼のストイックなまでの稽古振りが紹介されていました。記事によると、木刀で1000回近い素振りの後、10㌔以上走りこむなど、厳しいメニューをこなしていたそうです。

 こうした努力が報われた今回の優勝には、多くの剣道家や愛好家に感動を与えてくれました。また来年の大会に楽しみがひとつ増えました。

ところで自分の昇段試験の結果をご報告します。
 先日埼玉県剣道連盟の四段、五段の昇段試験がありました。錬心館の小引先生、山田先生、森下先生、同門の仲間の強力なバックアップでおかげさまで四段合格できました。内心ほっとしております。

 四段の受審者が169名、合格者69名(40.8%)。五段の受審者107名、合格者18名(16.8%)でした。

 意外だったのが、剣道形で落ちた方が13名もいたことです。年々剣道形が重視されていますが、まさにそのとおりの結果となったわけです。

 剣道形の場合、稽古時間が少ないとどうしても型どおり、段取り稽古で終わってしまいがちですが、それでは十分に剣道形は習得できません。私も諸先生のご指導をいただきながら、初心にかえって一本目の太刀の形から十本目の小太刀までそれぞれのポイントを理合いを確認しながら稽古させていただいたのがよかったのだと思います。。

 握りひとつ、刃筋を立てるとは、気位とは、間合いとは、剣道形には剣道の技術や理合い、基本のすべてが盛り込まれ組み立てられています。それだけに、剣道形が昇段試験で重視されているのです。自分のまわりにも実際に剣道形で落ちた方もいます。おろそかにできません。

 今回、私同様中年リバイバル剣士が多数昇段試験に挑戦しました。私の受審番号が150番でした。ということは、私の前後約40人ほどが中年層というわけです。審査員の先生が総評で、「残念ながら番号が後半の方々に多く見られるのが、気剣体不一致で手足ばらばらになっていることです。稽古不足ですね」と厳しいお言葉をいただきました。

 確かにそうです。私も日頃の稽古でよく指摘されるところです。疲れてきたり、打ち気にはやるとそうなるようです。大いに反省し、これからの稽古に励みたいと思います。

   
# by jdmn | 2005-11-28 10:11 | 独り言
 東京赤羽にあるおでん種の丸健水産さんは、創業50年の老舗。
 早朝に築地から仕入れた新鮮な魚や旬の野菜を材料に、おでん種を作る。
当然、手作りで添加物は一切使用していない。知る人ぞ知る名店である。とくに同店で作られるハンペンは、農林水産大臣賞を受賞したほどの一品である。

 店のかたわらにスタンドがあり、熱々のおでんをいただきながら一杯いただくこともできる。お酒を出すようになったのは、息子さんのアイデアという。
 「おでんにお酒はつきもの、おでんをおいしくいただいてもらうためにも」というわけである。

 ただし、赤羽一番街の中ほどに位置するお店は、地元の人は知っているが、あまり人目に付く場所ではない。そのときは商店街の人に聞けば、親切に教えてくれる。

 昔は人と人がぶつかり合いながら通った商店街もシャッターが下りたままの店も多く、なんとなく寂しい風情である。

 商売に前向きな息子さんは、「自慢のおでん種を世間に知ってもらうには」というわけで、最近力を入れているのがインターネットを利用してのネット通販である。

 ありきたりな食材でもネット通販で売れるツボは

1、創業50年の歴史
2、添加物を一切使用しない、手作り安全食品
3、築地から仕入れる新鮮な魚と旬の野菜が材料
4、農林水産大臣賞を受賞したハンペンが自慢のおでん種
5、NHK「男の食菜」でも取材を受けた名店
6、五色揚げ(ニンジン、ごぼう、長ネギ、玉ねぎ、桜海老)やスタミナ揚げ(にんじん、ニラ、もやし、七味)など、オリジナルな人気商品がある
7、会員入会すると、登録名だけで通販のお届け先が表示されたり、イベント情報や商品情報を知らせてくれる

 私の場合、たまに店のスタンドで若旦那とおでん談義をしながら、地元の岩淵酒造蔵の「丸眞正宗」で、おでんをいただくのが楽しみ。置いてあるのは、カップ酒と缶ビール、缶チュウハイだけ。すべて原価、つまり酒屋で売っている同じ値段である。

 夕方からは小腹をすかした勤め帰りのサラリーマンが、缶ビール片手におでんをほうばる。その肩越しに晩御飯のおかずにと注文する主婦の姿も。

「今日は掘りたての竹の子のてんぷらがあるよ」なんて言われると、即注文。立ち食いという庶民的なスタイルだが、なぜか粋な感じがするのは、若旦那のメリハリの効いた話しぶりとおでんの本物の味のせいかもしれない。

 人に話したくなるお店や行きつけのお店って、けっこうあるよね。そういうお店を数多く知っていることって、おでんの種ならぬ自慢の種になるのだ。
# by jdmn | 2005-10-24 11:40 | 通信販売
 
 言葉の使い方は難しいものです。勉強家といえば、単に机に向かって
コツコツと学習する人や、他人の話にも熱心に耳を傾け、自分のものに
しようと努力するまじめな人をイメージします。

 それだけではいいアイデアや企画はでてきません。そのときは一時的に
納得したり、感心したり、自分の知識にしたつもりになります。頭も多少は
学習したと認識します。

 しかし、しばらくすれば忘れます。よほどの繰り返し学習がなければ、あ
るいは経験をともなう学習でなければほんとの意味での学習はされません。

 本を読むな、人の話を聞くなということではありません。頼るなということです。
よく生きた勉強、生きた学習という言葉もあります。販促企画はその人の感性、
性格、信条が大きな影響を与える職種でもあります。

 あたりまえですが、行きかう人の群れやにぎわう町並みに関心を持ち、おいしい
食べ物に出会ったときは、素直においしいといえることが大切。

 自分が感動、感心した事は人に教えたくなる、困った人を見れば何か助けたい、
要は自分が好きで人も好き、楽しく世の中を見渡せる人でしょうか。
 えらく楽天的でおっちょこちょいなイメージですが、そんな自分を客観的に見れ
る冷静さがあればいいことです。

 とにかく自分の感性を磨く経験、人との出会いは大切にしましょう。
すべてがネタ帖に通じることです。思いついたこと、アイデアをこまめに
書き込む作業は、いつしか点が線となり、絵になり具現化します。

 書き留めることは、自分の発想をつなぎとめておく作業ばかりでは
ありません。再度、自分の脳に認識させる作業でもあります。忘れて
いても何かの拍子に活性化され、ひとつのアイデアとなるものです。

 いまさら何を、と思われそうですがすべて私の反省と後悔の懺悔の
日々を思い返し今でもネタや企画は、ノートに書き込んでおります。

 書き込んだ企画ネタや事業案をしばらくの間ほっときます。後から
見直したとき、再度赤やグリーン、ブルーなど違うペンで修正します。

 時間を置きますと、書き飛ばしのメモも熟成されてくる場合もあるのです。

 
# by jdmn | 2005-10-12 15:38 | 独り言
 9月の終り、恋にあこがれて

 あの試合以来、悦子とは逢っていなかった。
 9月に入り、耕平も普段の高校生活にもどっていた。

 悦子は、秋の文化祭の出展準備に忙しい毎日を送っていた。新聞部の今年のテーマはアジアから見た戦後日本の教育思想だ。テーマこそ大きいが、悦子は知りたかった。同じアジア圏で日本がどう思われているのか、何をすべきか。

 その根幹にある日本における戦後教育、日本独自の文化思想の今日までの道筋を、自分の目線で整理してみたかったのだ。

 この企画がすんなり決まったわけではなかった。
 相変わらず大人びた悦子の発想には、他の部員をはじめ顧問の教師も戸惑いを見せた。

 部活の中心となる2年生は、悦子の発案したテーマには反対だったが、対案が出せずにいた。ただ、テーマが自分たちの手に余るほど大きいこと、もっと楽しくみんなが参加できるようなテーマにしようと言うのが精一杯だった。

 他の1年生部員は先輩たちの話し合いの輪を遠巻きにしながら、結果を見守っている。
 悦子も当初から反対されることは予想していた。

 「テーマはテーマ、ようは見せかたしだいよ」
 悦子は明るく、笑顔で話し始めた。
ただでさえ深刻になりがちなテーマについて、まじめに議論し合うことは避けたかった。

 他の部員が反対する企画を理屈で押し通すことに意味はない。
 明るく振舞う悦子だが、すでに企画案を出した彼女の頭のなかには、知らず知らず、レポートのタイトルや見出しがよぎっていく。
 
 「戦後、荒廃の中からわずか18年足らずで東京オリンピックを成功させた、日本の実力とは」
 「平和と繁栄のなかで成し得た戦後60年の日本の外交とは」

 その一方では、戦後60年を機に憲法改正を問う動きも増してきた。

 単にアジテーションになりがちなこれらのテーマを、自分たちの世代観と照らし合わせ、等身大の言葉で表現できるかが課題だ。

 悦子は企画の目的よりどう具体化していくか結論から話した。
 「インターネットを使って、アジアの同世代にアンケートを送り、この問題を一緒に考えてもらうの。アンケート結果をもとに反省なり共感、発見を私たちなりにまとめて発表し、時代を映す風景や世相を写真でも表現するの」

 インターネットという時代性と、写真という普遍的なビジュアル性で新聞部らしいラジカルなテーマを取り込んでしまおうという悦子の作戦は、ものの見事に決まった。

 悦子が部室を出たときにはすっかり陽が沈み、時おり走り去る自動車のヘッドライトが校門を写し出していた。
 足早に校庭を横切る悦子の耳に、竹刀の打ち合う音が聞こえてきた。
「まだ稽古している」
悦子の視線は、見えるはずもない耕平の姿を探っていた。

(続く)
# by jdmn | 2005-10-11 13:25 | 小説「五代耕平の七番勝負」
 9月もこの時期になると、朝晩の冷え込みでめっきり秋らしく感じられる。
 夏場の稽古は正直言ってキツカッタ。他の稽古仲間には悪いが、なるべく
無理のない稽古を心がけるということで、稽古中でも面をはずして水分補給
していた。

 そのくせ稽古が終われば、恒例の反省会と称して飲み会だけは皆勤賞で
ある。これには呆れられるのは当たり前か。稽古後の水分補給もしっかりや
っていた。大いに反省。

 ところで、遅咲きもいいところの中年剣士が、久々に昇段への挑戦の機会
を得た。11月の四段審査である。

 もっかそのために基本の稽古を意識的に行っている。
 時折り指導を頂く岩槻支部の山田先生(七段)からは、相変わらず「手と足
がばらばらだね。早く打ちたい、当てたいという気持ちがあるのか、上半身だ
けが前に行って、バランスが悪いね」と、お叱りを受けている。

 左足の送りから右足の踏み込み、打突のタイミングが時折り微妙にズレル
との指摘だ。
 気剣体一致の打突が基本の剣道にあって、なんとも致命的な欠陥ではな
いか。自分では気をつけていたが、これはマズイ。

 自分の打ち間というか、間合いを身に着けなければならない。若くはないにも
かかわらず打ち気にはやり、ためがないのだ。その際、少しでも早く打ち込み
たいと送り出す左足に弾みをつけるようにほんの少し沈むそうだ。それでタイミン
グを図っているように見えるらしい。

 見方によっては器用だ。そんな事に感心している場合か。
 その体勢で打っている限り、打突の瞬間の癖として見抜かれ、竹刀が上がっ
たところをいとも簡単にコテを取られる。気がつくのが遅い。

 これから1ヶ月、修正のための稽古だ。

 
# by jdmn | 2005-09-28 17:57 | 稽古日誌

無欲で攻めろ、勝機は一瞬の機にあり

 延長戦になってまもなく、先に仕掛けたのは耕平であった。
 気迫十分に前に出る。
 触れ合う剣先からお互いの勝負にかける気迫を感じる。
 「キェーッ」その気迫に負けまいとするかのように、声を出す。
 やや剣先を押さえつつ、面に飛ぶ。

 田辺もこれに応えるかのように面に乗ってきたが、双方の竹刀が互いの頭上で弾け飛んだ。
 「ここはしっかりと相手を攻め続けることだ」
 耕平は、ここで躊躇して待ち剣になることだけは避けたいと思った。
 田辺は遠間からでも思いきっり面に飛んでくる。
 
 相手のメンが元打ちになるくらい前に出て行く。試合巧者の田辺のことだ、不用意に面にいけば、出ばなをとられるかもしれない。面を打たせるために、相手も攻めてくる。
手元が上がったところを打つというより、攻めて手元を上げさせるといったほうがいいだろう。

 相手がスーッと間合いを詰めてくるタイプなら、その瞬間を出頭に乗ることもできるかもしれない。しかし、田辺はちがう。継ぎ足をせず、構えたその体勢のまま飛んでくるように感じた。

 「下がるな、前に出ろ」
 自分に言い聞かす耕平だが、このままでは勝負の指導権を握られてしまう。

 「考えるな、狙うな」
 健二の声がした。
 
 その声に、はっと気がついた。
 延長戦からすべてのはじまりと言い聞かせていた自分を見失うところであった。

 「勝ちにこだわるな。ここで思い切り自分の剣道をすればいい」
 相手はどのような剣道をするのか、自分より強いのか弱いのか、そんな勝手な思惑が
自分の動きを止めてしまうのだ。そうなっては、相手の思うつぼである。

 次の瞬間、耕平はここぞとばかり、無欲の跳びこみ面を放つ。だが、攻めきれず、つばぜり合いとなる。田辺は得意の引きコテをしかけるが、間一髪田辺の竹刀は空を切る。
 双方分かれたあと、今度は田辺が耕平の竹刀を払いながら間をつめ、面をしかけようとする。

 耕平はこれを剣先で押さえ、前に出る。打ち間を切られほんのわずか田辺が剣先を引いた。すかさず前に出る耕平の動きを見切ったように、田辺が小手を打ってきた。

 耕平はそれを素早く見抜き、面に応じた。
 結果的には耕平の抜き面が決まった。
 気持ちの上では出頭をうまく捉えたメンだと思った。

 審判の旗が耕平のメンに一斉に上がった瞬間だった。
 この一戦を制した耕平に会場からは、大きな歓声が沸きあがった。

 かろうじて勝った耕平だが、仮に田辺が小手ではなく面に飛び込んでいたなら、分からない試合であった。見方によれば、思い切りのよさが勝敗を分けた一本だったのかもしれない。

(続く)
 
# by jdmn | 2005-09-19 23:25 | 小説「五代耕平の七番勝負」
冷房の効いた店では熱いコーヒーを 

 私が時折り利用するカフェといえば、スタバーかミスドーです。人との待ち合わせや簡単な打ち合わせ場所としても利用させてもらっております。先日、たまに行く地元のミスドー、つまりミスタードーナツに行ったときです。いつものようにドーナツとコーヒーを注文しました。

 店員が当たり前のように、「コーヒーすぐお作りしますので12、3分お待ちいただけますか」という。「アメリカンコーヒーのおかわりはお気軽にお申し付け下さい」の看板が下がっているのに、気軽に注文できないではないか。

 私は注文したドーナツを前に、コーヒーがドリップされるのをじっと待った。このくそ熱いさなか、ホットコーヒーを飲む客はいないのだろう。たまたま切れていたのかな、と善意に解釈したのだが、そういえばこれまでも何度かあったことを思い出した。

 そこで私は、さもクレームだとわかると店員も恐縮するだろうからと、不自然な笑みを浮かべながらもさりげなく聞いてみた。

「たまにコーヒーがないときがあるけど」

 まじめな店員クンはまたしても当たり前のように、「30分経つと苦くなるので捨てます」と説明。なるほど店はそこまでコーヒーの味にこだわるのか、エライ。そこまではいいのだが。しかし、そのあとだ。「次の注文が入るまではドリップしません、マニュアルでもそうなっています」店員クンが明るく答える。

 ドーナツとコーヒーのセットメニューにこだわるファンは、運が悪いと、私のようにドリップするまで10数間待たされるのだ。

 多くの人が、ないといわれればほかの飲みものを注文するのだろう。細かなことと思われるだろうが、私はどうしても腑に落ちない。余って無駄になるコーヒー作りを極力控えたいという会社のコスト意識がミエミエだからだ。

 それは会社のマニュアル通りにやっているからと、あくまでも会社の視点でしか接客を考えないバイト君の態度にもある。悪気がないだけに客はつらいのだ。

 さらにいえば、客は「いつでも注文できると思っている」という心理を無視した一方的な会社の都合だ。

 なら、いっそうのこと店が望んでいることや店の本音を、お客にわかってもらうようにすればいいだけだ。

「30分経てばコーヒーの味が苦くなるので、気軽におかわりをしてもらいいつでもおいしいコーヒーを用意できるようにしています」
「時間が経ったコーヒーより、入れたてのコーヒーを準備しますので少しお待ちいただけますか」
「お急ぎでなければ、コーヒーを新しいものに変えます。12分ほどお待ちいただけますか」
 言い方もいろいろあると思うが。

 

 
# by jdmn | 2005-09-01 09:30 | 独り言

 4分の試合時間がこれほど長いものか。会場の熱い視線が注がれている試合場では、一進一退の攻防が続いている。
 時計係の男性が手に持っているストップウオッチに目をやる。耕平を応援する健二の腕時計の針は、すでに残り時間1分を切っていた。

 剣先が厳しく触れ合い、お互い攻めのタイミングを図っている。中結いあたりでのしのぎ合いがしばらく続いたときだった。

 田辺が素早く耕平の竹刀を裏から払う。耕平は次の攻めを警戒しつつ前の出る。そのまま鍔迫り合いとなるが、互いにすぐ分かれる。今度は耕平が田辺の剣先を表から払う。と同時に気持ち半歩ばかり攻めに出る。これに反応するように田辺は前に出る。

 その瞬間、田辺のメンがはなたれた。これに耕平も素早く反応し、メンに出た。
 審判の旗はどっちだ。主審を含めた2人の審判が耕平のメンを取った。おくれて最後の審判が耕平のメンに旗が上がった。

 田辺の出ばな面に対して、耕平はそのままの体勢でメンで乗り、田辺の一打をしのぎながらも中心を割ってさらに押し込んだのだ。これにはいかにタイミングのよい田辺の出ばな面もほんのわずかにいなされてしまう。

 いかに身体能力の高い学生であっても、出ばなに対応して相メンで打ち勝つなど容易に出来ることではない。

 試合時間をほんのわずか残して一本取り戻した耕平に、会場からは「オォー」と驚きの歓声と拍手が一斉に湧き上がった。

 これを制するように「2本目はじめ」の審判のひときわ高い声が響いた。開始線上に立つ両選手が、同時に「ウオォー」と掛け声を出しつ剣先を交わしたとき、試合時間の終了を知らせる笛が会場内に響いた。

「延長戦か」
 耕平はフゥーと大きく息を吐き、今の勝負を振り返る余裕もなく開始線に立つ。

 延長戦は先に一本を取ったものが勝ちとなる。勝っても負けても次の一本ですべてが決まる。試合が始まる前、あれほど勝ちにこだわった自分が嘘のように思えた。

 (続く)
# by jdmn | 2005-08-15 13:16 | 小説「五代耕平の七番勝負」


 耕平は自分の喉元に向けられた田辺の剣先を気にしながらも、攻めの気持ちは負けてはいない。それは、時折耕平の繰り出す二段打ちに対して田辺が応じきれず、かわすのが精一杯という場面も見られたからだ。

 しかし、耕平は思った。今までの自分が井の中の蛙であったのだと。
「あのくらいの稽古で自分だけが強くなったと過信していた」
 そう思ったら、素直な気持ちで相手と向き合える気がしてきた。

 田辺は小柄ながら足腰が強く、ばねがある。剣先から伝わる手の内のやわらかさ、冴えは先ほどの一本で十分知らされた。

 耕平は以前稽古中に館長に言われた言葉を思い返していた。
「自分が強いかうまいか、相手にどう思われるか、余計なことを考えるな。それは勝手に自分を縛ることになる。何としても勝ちたいと思う気持ちが強ければ、攻めにも迷いが生じてくる。迷ったときこそ大きな「メン」を打て」

 相変わらず面金の隙間から田辺の鋭い視線を感じる。
「構えに高校生にありがちな気負いもなく、くせがないので落ち着いて見える。それでいて打つべき機会の捉えどころは見事だ」
 耕平は感心した。

 固唾を呑んで試合の行方を見守っている健二も、田辺の試合巧者振りに感心していた
「先鋒タイプかもしれない」
 団体戦の先鋒は、その場の雰囲気や相手の強さに飲まれていては話にならない。気持ちや技の両面で絶えず攻めて、攻めて打ちかかっていくスタミナが必要とされる。臨機応変に打ちかかりながら相手を知り、有効打突を拾っていかなければならない。

 当然のことながら相対するタイプは様々である。精神的なタフさ、スタミナがあってこその先鋒である。

 それにひかえ耕平はどうか。
「気持ちの切り替えが早く、積極的に仕掛けるところは、彼もまた先鋒タイプかも知れない」
 健二は思った。
「あとは経験だけか」

 それだけにこの試合を見る限りでは、耕平がやや受けに回っているのが気にかかる。
 気持ちは絶えず攻めている。ただ、初めての大舞台というわけではないが、この一戦に限ってみれば、攻防の流れの中で足が不用意に止まってしまうという耕平の欠点が出てしまったようにも見える。

 何事も臨機応変に対応しなければならない。攻めるなかで相手を引き出し、結果としての応じ技、引き技も当然ある。しかし、それを待っていては耕平に勝ち目はない。

 (続く)
# by jdmn | 2005-08-07 18:15 | 小説「五代耕平の七番勝負」

 ネット市場での売り上げ規模について正確な数字は把握しておりませんが、協会に加盟している一般の通販の売り上げ規模は約2兆8,000億円(日本通販協会調べ)です。一般の流通市場と比較してもそう大きいわけではありません。しかし、今日の私たちの消費生活のネットの普及とあいまって、通販の認知度はますます高くなっています。

 10数年前までの通販成長のトレンドは、衣料品でした。インターネットやテレビが媒体面の主力といえる現在は、化粧品や健康食品、ダイエット関連です。そうしたなかで景品表示法の強化、健康増進法の改正(誇大広告禁止)への関心が高まっているようです。

 通販協会でも折込みチラシの相談は前年比84%増。日本雑誌広告協会では一般的な広告の「掲載基準」があるものの、問題広告の排除は難しいといっています
 そのため厚生労働省では、ごていねいに「誇大広告を見破る九か条」なるものまで提示しました。

 昨年10月に厚生労働省が誇大広告として指摘した文言は、「即効性」「万能」「ガンが治った」「天然」「食品だから安全」「新しい科学的進歩」「ダイエットに効く」「特許番号○○番」などです。

 医薬品の同等の効果を信じさせる表示はだめ、毒素を含む天然成分が使われていたり、特許を受けていても効果が認められていないこともあるから注意、というわけです。

 健康食品はあくまでも食品、栄養成分含有表示のみ、効能効果の表示は一切できません。
 一定の医薬品的効能効果を表示できる保険機能食品、すなわち「特定保健用食品」「栄養機能食品」とは違う、というのがその理由です。

 日本の場合、法律や規制で決められているからと健康食品の置かれた立場が微妙です。アメリカでは国民皆平等の保険制度がないせいか、予防医学に積極的です。自然に健康食品についても認可されたものについては、ある程度の効能効果をうたうことは認められています。

 そのためか日本での健康食品市場の更なる拡大を期待する業界内では、相変わらずこの手の市場緩和は外圧に頼る以外には方法がないのかと言う声もあります。

 景品表示法違反を行った場合、警告や広告の排除命令を受けます。特定商取引法の規定違反で改善命令、従わないと100万円以下の罰金か業務停止命令を受けます。
 さらに悪質な業者の場合、業務停止命令を受けるとともに名前が公表されます。

 このうえ業務停止命令に違反すると、2年以下の懲役または300万以下の罰金となります。
 いずれにしても健康食品に限らず、通販における法的規制はよほどのことでないかぎり厳しい罰則規定はありません。
 違反企業は、まんまと儲けた金でまた新たな企業名で、登場してくるわけです。

 日本では薬事法で問題となる健康食品の広告は、行政から「お叱り」を受ける程度。違反の事実自体公表されません。その結果、「規制緩和」と「自己責任」のはざまで消費者だけが振り回されるのが現実です。

 分かりにくい表示や表現に惑わされることなく、安心して利用するためにも自分なりに情報を集めたり、成分表示に注意することは大切です。友人や知人の進めや紹介で情報を鵜呑みにすることだけは注意しましょう。
# by jdmn | 2005-08-07 18:10 | 通信販売
 先月のことで恐縮だが7月18日付の読売新聞は、社会面トップで「英語で授業たった4%」の見出しが目を引いた。どういう内容かといえば、英語の授業の大半を英語で行っている公立中学校は約4%にとどまっている」という話である。
 
 また、「TOEIC」で730点以上の英語教員は、中学で1割、高校で2割にも満たないという調査結果も出たとのこと。日本のお寒い英語教育の実態を垣間見た思いだ。

今後ますます国際化の波にもまれて、生じるであろう海外企業との競争やアジアのリーダー国としての自覚を示す上でもコミュニケーション能力は大事。特に英語力が必要になってくるのはいうまでもない。

 ずいぶん前だが、韓国ソウルで「日本のダイレクトマーケティングの最新事情」をテーマにセミナーをしたことがあった。私が日本語で講演をして通訳が韓国語に直して説明するのだ。ところが通訳が肝心のダイレクトマーケティングについての知識がない上に、マーケティング用語にも不慣れであった。

 内容がわかりにくいという不満の声が、一部出席者の間から出た。その結果、「講演者が英語で話してくれるほうが内容が理解しやすいのでは」といわれたのだ。

 私は困った。大変困った、というより恥ずかしい思いをした。というのもこの手のマーケティングの発祥の地は欧米である。知り合いのコンサルタントの中には、英語が堪能な方もいて、海外の情報をすばやく取り入れていた。

 きっと、韓国の出席者の多くの方が、私も英語ができると思ったに違いない。

 私も英語で講演できるくらい語学が堪能なら、私のキャリアはもっと違うところにあるというものだ。当時、韓国のビジネスマンは英語か日本語ができる人はけっこういるといわれた。韓国のエリートビジネスマンはほとんど英語ができるという。

 自分自身を振り返れば中・高・大学と英語教育にさらされながら、いまだに英語の苦手意識は消えない。かつて友人が「英会話は運動神経がものをいう」といっていた。
 無意識に覚えた単語を何とか思い出し、つなげれば通じるものらしい。その場合、彼の言うところの運動神経とは相手の言葉に対する受け答え、反射神経をさしてのことだ。

 よく英会話上達の早道はネイティブの友人を作れといわれる。つまり、会話の中で聞かれた意味がわかれば、何とか会話になるということだ。日本人的な発音では通じないし、話されている言葉の意味もわからない。ネイティブな発音で単語の意味、会話に慣れるほうが上達は早いという理由はそこにあるのだ。

ネイティブな発音ってどういうものなのか。
 例えば、単語を早くつなげて発音するために、子音が次の単語の母音にくっついて発音される。乱暴な説明だが、先日NHKで放送された英語番組でもそんな話が出た。

 米国企業の多くが海外にコールセンターを置いている。
 米国本土や他の英語圏からの電話をフィリピンやインドのコールセンターで受ける例も少なくない。アジアのなかでも両国は有数の英語普及国である。特にフィリピンは人口の7割が英語を理解するといわれている。

 テレビで紹介されたのはただ英語が話せるだけでなく、その国独特のアクセントを直しネイティブな発音ができるよう訓練をする学校の紹介であった。

 友人である片岡昇氏(N.Y.C剣道クラブ代表)も同様の話をしていた。
 発音の仕方というか発音の構成がわかると、単語が聞き取れて、会話の内容がなんとなく理解できるようになったという。彼のその努力の結果をまとめたのが「アメリカ英語発音プログラム」ケンセイメソードである。

 本当は、日本人の英語教師やビジネスマン、学生など日常で英語が欠かせない人たちに知ってもらいたい教材でもある。(ケンセイ・メソード)

 実は先日、9月の高知県剣道大会にニューヨークから参加するという知らせが入った。昨年も彼の教え子らとともに参加したが、米国人剣士らは片岡先生の地元、高知でのもてなしに大変感動したらしい。

 片岡家にはじまり、地元剣道関係者、大会関係者、地元自治体関係者と子供から地元や県連の剣道家、学校関係者と実にさまざまな方々と会う機会があったそうだ。彼らは、ちょっとした有名人扱いだそうで、それがビックリするとともに大変親切にしてもらったことに感激したそうだ。

 彼らは本当に熱心な剣道愛好家である。と同時にお酒の好きな陽気なアメリカ人だ。もっとも白人以外にもアフリカ系米国人、韓国系米国人、スペイン系米国人、中国系米国人、と顔つきは様々だ。しかし、防具を付けひとたび道場に立てば、日本の剣道を謙虚に学ぼうという姿勢がよくわかる。彼らと再会できる日が待遠しい。

 
  
# by jdmn | 2005-08-03 10:48 | 独り言

 耕平は一本取られたことより、面に乗られて一歩も動けなかった自分が情けなかった。 わずか4分の試合時間のなかで、取られた一本を振り返る余裕などはないはずだ。しかし、試合場の耕平は確かに目の前の田辺に対して攻めあぐんでいる。

 健二はそんな耕平を歯がゆい思いで見ていた。
「どんなかたちにせよ一本は一本、こだわるな耕平」
 近くにいれば、そう声をかけ背中を押してやりたい思いであった。

 試合場にいる耕平には健二の声は届かない。
「試合中の勝敗の分かれ目は何かわかるか」
 健二は、錬武館の小山田宗次朗館長に問われたことを思い出していた。

「打った後でも打たれた後でもいかに気と技を継ないでいけるかだ」
 小山田館長がいう継ぐとは、気持ちと技の縁が切れないように攻め続けることが大切だということだ。

 健二は思った。
「耕平にもう少し攻めに幅があればいんだが」
 
 耕平の得意とする応じ胴は、それを意識したとき、時としていわゆる待ち剣になったしまう。応じ技で大切なことは、相手を引き出す攻めの強さがなければだめである。攻めていなければ、相手の打ってくるタイミングばかり気にするあまり受身の姿勢になる。

「二本目」の主審の声がかかり、両者の剣先の攻防が始まっている。
 耕平のやや直線的な攻めに対して、田辺はからだを左右にさばきながら耕平の動きを止めようとしている。

 耕平も相手の狙いは充分わかってはいた。
「足を止めてはだめだ」
 監督の声が飛んだ。

「思い切って前に出て打つ。打ち切ることだ」
「ィヤッー」
 一段と高い耕平の声が館内に響いた。いつもの耕平の攻めがもどった。

 応援席の悦子は、試合場で戦う二人を不思議な思いで見ていた。
 視線の先にいる耕平が、単に剣道の好きな年頃の男の子ではなかった。悦子の知らない世界のなかにいる。剣道のことは少しは知っているが、それは「習い事」としての剣道だった。

 目の前では一進一退、まるで生死を懸けているかのように戦う二人の男がいる。
 剣道はチームワークで競うほかの団体スポーツとは違い、勝ち負けはすべて自分の力量次第である。単に技だけでも勝てない。気合、気持ちが充分でなければ勝機を引き寄せることは出来ない。

 久しぶりに見る剣道の試合だが、悦子の胸中はざわざわとたとえにならない不快な緊張感が支配している。

「メンッ」
 耕平が打っていった。

 相手はやや右前に体をさばきながら耕平のメンをすりあげ、そのまま打ち下ろした。
「メンッ」
 今度は田辺のメンをかろうじて頭を右に傾げて防いだ。
 田辺のメンは耕平の肩に打ち下ろされた。

「昇段試験じゃない。試合だ。カッコ悪くても一本にならなければいい。どんな格好でも防いでやる」
 耕平の正直な思いだ。

 今のすりあげからのメンが、一本だけだからよかった。体さばきを使って連続打ちで攻められたらどうだったろうか。
 健二は感じた。
「次は同じ攻めでも連続技でくる」

(続く)
 
# by jdmn | 2005-07-31 22:15 | 小説「五代耕平の七番勝負」
台風が関東地方に近づいています。

そんなわけで、今日はたまった原稿を一気に減らそうと自宅で仕事しております。

実は、先週の休日、祭日から知り合いのビルオーナーが、夏場だけ1階のお店が空いているので、何か活用できないか相談されました。

そこでサイズやデザインが多種・多様な子供服とママさんのカジュアル衣料の夏物一掃セールを企画しました。

私が商品を仕入れて、売り切りましょうと、始めたのです。

しかし、現実は厳しく、予想以上に売れません。

駅から離れて、通りに面していない、しかも大きな通り沿いには専門のロードサイドショップがあります。

それははなからわかっておりましたので、折込チラシでどのようなお店か、そして土・日だけの2ヶ月期間限定のお店であることなどを詳しく書いてまいたのですが、お客さんは最初の2日だけです。

責任上、休みなしで店番です。
娘にバイト代を出して、ポップを作り、商品を探しやすいようにサイズ別に展示し直したり、あえて商品を追加注文して品数の豊富さを演出してみたり、色々やっております。

たまたま店番のかたわらに、ブログの材料になりそうなネタを考えていたときです。
試合経験の浅い自分が、稽古で日頃感じることや教えていただいたことを書くのはいいけど、手法として小説風っていうのもおもしろいかな。そうひらめいたのです。

お店があまりにも暇だったので、小説の登場人物や細かな設定など普通書く以前に準備しなければならないことを無視して、一気に書き始めました。

素人の恐ろしさです。
出してしまった以上、七番勝負完結まで続けます。
あまり面白くないようで、知人の評はイマイチ。

それでも耕平の暑い夏は、私にとってもアツい夏になりそうです。
話の中に恋愛もあるのですが、
これが一番の問題です。

独りよがりで未熟な小説を読まされてもな、と思われる方もいるでしょう。

小説は毎週2回だけの掲載にします。
そんなわけで、本業の仕事がたまってしまいました。

7月の最終の土・日まではお店を開けておくつもりです。
お近くの方で、「どんなお店かのぞいてやろう」と思われたならぜひどうぞ。

「ブログを見た」と言っていただければ、Tシャツ一枚サービスします。
場所は宇都宮線蓮田駅西口下車。伊奈町方向へ行ってください。
栗橋線にぶつかるひとつ手前の交差点を右に曲がって2件目の一階です。

店長塩田 090-8871-9148
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7月26日付けで小説3回目連載あります。前のページです。
# by jdmn | 2005-07-26 12:05 | 独り言
青春小説「五代耕平の七番勝負」(3)
必死の面打ちに懸けろ その2 7月26日

 今、耕平と対戦相手である田辺は9メートル四方の境界線の外に立っている。
 いよいよ決勝戦である。地区予選とはいえ一年生の耕平がここまで勝ち進んできた。それだけでも注目の一戦となった。
 むろん耕平にとっても始めての大きな試合である。
 両選手は主審に促され、試合場の中へ入った。

「礼ッ」
 審判長の号令ととも審判、選手は正面への礼をおこなった。
 次にお互い一礼のあと歩み寄り、開始線前で蹲踞し、竹刀をほんのわずかあわせるというか、触れ合う位置に竹刀を寄せる。
 田辺は面金の間から鋭い視線を送ってくる。

 そしてわずかな間であるが主審の「はじめ」の号令を待つ。
 審判長の合図のあと、主審は試合開始の宣告をおこなった。
 一瞬の静寂は、主審の「はじめ」の号令とともにはじけとんだ。
 
 二階の応援席では、悦子が最前席でじっと見守っている。
 立ち上がるとお互い声にならない声を発している。
 「キェイー」「エィヤー」
 会場に響き渡る二人の声がさらに緊張感を高めている。

 その声には機先を制する、自分を鼓舞する、気持ちをこめる、気持ちを高める、さまざまな意味合いを持つ。
 剣道を知らない人からすれば、たんなる奇声に等しいかもしれない。

 相手がいての勝負であるが、己との戦いでもある。
 相手の迫力、気迫に押されていたのでは勝負にならない。
 耕平は息を呑むほどの緊迫感から早く逃れたいと思った。
 初太刀を決めるのは耕平か田辺か。

 立ち上がってから仕掛けてきたのは田辺であった。先輩としてこの大会への出場は二度目である。試合経験も多少多いという自負もある。
 田辺は素早く耕平の剣先を表から払う。ややあって今度は耕平の剣先を裏から払う。これに反応して耕平が前に出ようとした瞬間を田辺は見逃さなかった。
「メンッ」と田辺が跳び込んできた。

 思わず剣先でしのぎ、鍔迫り合いとなるも今度は別れ際に「メンッ」と、引き技を繰り出してきた。さらに耕平がしのぐと、「コテッ」「メンッ」と攻めてくる。
 耕平は押されぎみな試合運びになることを嫌った。

「慌てるな」「落ち着け」
 健二が必死の形相で声をかけている。

 今度はこっちの番だ。
 耕平は田辺の中心を割る直線的な攻めを仕掛ける。
「メンッ」「メンッ」
 しかし、田辺は耕平の打ち間まで入れさせてくれない。

 耕平も手元を崩さず「メンッ」と、跳びこみ面で攻めていく。
 守りの堅い田辺からなかなか有効打突を奪えない。

 田辺は耕平よりも先に仕掛けるように心がけているようだ。
 耕平は感じた。自分より小柄ながら跳びこみの距離、打突の強さは自分より数段上だ。
 かりに相手の出ばなに面で乗ろうとしても、よほどのタイミングで打てなければ間に合わない。間合いをつめてくる選手ならその瞬間を出頭に乗ることもできるかもしれない。 田辺は違った。継ぎ足をせず、構えたままの体勢から跳んでくる。

 よほど足腰が強いのだろう。
「鍛えている」
 耕平は直感的にそう思った。

 耕平の動きがやや硬くなった。
 そう感じたのは日頃いっしょに稽古をしている健二だけではなかった。
「耕平、止まるな、待つな」
 境界線脇の監督が声を枯らしている。

 剣先で構えを崩そうと、今度は耕平が田辺の竹刀を払う。何としてこのまま田辺に試合の指導権をを握らせてはならない。耕平はそう思った。
 そのときだ。田辺の視線が耕平の手元にいった。

 耕平は思わず間合いを切る。
 田辺の得意とする小手技が耕平の記憶を呼び覚ました。

「そろそろ小手で仕掛けてくる」
 一瞬たりとも気が抜けない。
 そう思った瞬間、わずかに間合いを詰めながら田辺の竹刀が耕平の竹刀の裏からはずすように見えた。

「小手に来る」耕平は感じた。
 その瞬間、耕平の竹刀は反射的に中心からほんのわずか右に寄せたかたちになった。
 そこを田辺は中心から面に乗ってきた。
「メンッ」
 その瞬間、審判の赤い旗三本が一斉に振り上げられた。

「やられた」
 小手にいくと見せられて、瞬間的に体が反応してしまった。耕平がほんのわずかの居着いたところを田辺は迷わず面を打ってきた。

 耕平自身、中間にお互いが入ったときは勝負だと思っていたが、余計な憶測がかえって自分の動きを止めてしまったのだ。
 動きのある剣道が自分の持ち味である。耕平は気持ちを切り替えなければと、大きく息を吸った。

「攻めていけ」「まだいける」「慌てるな」
 監督や剣道部の同輩、先輩たちが声をかけてくれる。
 いいとこなしで、このまま終わってたまるか。

(続く)
# by jdmn | 2005-07-26 11:03 | 小説「五代耕平の七番勝負」
  耕平の対戦相手が決まった。
 同じ支部に所属する聖香大一校二年の田辺明であった。
 小手技を中心に二段打ちを得意とする。身長百六十三㎝、いまどきの高校生の割には中背である。今回の大会の参加選手の中では小柄なほうかもしれない。
 耕平自身、百七十三㎝だが、日頃あともう少し身長が伸びればいいと思っていた。

 対戦時間が迫っていた。
 田辺という選手、どんな攻め方をしてくるのか。耕平はこれまで見た彼の数少ない試合を思い返していた。
 もうそこには、悦子のことに思いをはせる年頃の耕平の姿はない。
 先ほどまで悦子に勝者として喝采を浴びる自分を見つめてほしいと、妄想に近いほどの思いを描いていた自分が恥ずかしくなってきた。

 必死で勝ち進んできたもの同士が、これからわずか数分で雌雄を決める戦いに望むのだ。
 田辺のこれまでの試合の中で、印象に残るほど圧倒的に強いというイメージはない。
 粘り強いという印象を受けた。
 時間切れ直前の一本勝ちか、延長での一本勝ちが多かった。決め技の多くが得意とする小手技であった。

 「今までツキがあったのかも」
 これまでの自分の試合を振り返り、耕平自身そう思った。
 一年生の自分のことなんて、最初からノーマークであったろう。


 先ほどの準々決勝でもそうだ。
 思い切って攻めて、面から面、小手、攻めても打ち崩せない相手と鍔迫り合いからの引き面で一本、時間切れ間際に相手に面を打たせての応じ胴が決まっての二本勝ちだった。 
 かろうじて勝ったのは、監督の日頃の言葉だった。

 「打ちたいところばかりを打つな、空いているところを打てばいい」
 自分のペースで打ちかかっていく、攻めるにしても前に出るばかり、ワンパターンな攻め方だけでなく、もっと考えて打てとのいましめの言葉だった。

 耕平の得意技である「引き面」「応じ胴」は実はそんな攻め方の中で、苦し紛れに出したきめ技でもあった。

 やや遠間から思い切って繰り出す面が彼の真骨頂であったが、逆に近間に入られると不用意に後ろへ下がる悪いくせがあった。わずか数ミリでも下がれば、相手に乗られて面を食う。一番いやな負け方だ。

 間合いを調節するために、自分勝手に仕切り直しをする。気持ちでも仕切り直ししてしまう。「縁を切る」という言葉どおり、そこで緊張感が途切れることもあるのだ。

 耕平は思った。
「自分の剣道をやろう」
「相手がどのようなタイプかなど問題ではない」
 監督のアドバイスを思い返した。
「待つな、狙うな、攻めていけ」

 それはがむしゃらに打ちかかれというわけではない。
 耕平もそれはわかっていた。
 打ち懸かるほうも守り、応じるほうも気攻めでは同じだ。絶えず攻めていなければ瞬時に応じられない。技の掛け合いに一時でも気を抜けば、その居ついたところを攻められるのだ。
 
 会場は決勝戦の開始のアナウンスとともに、拍手と両選手にかけられる応援で場内の雰囲気はどよめきとともに一気に最高潮に達した。

(次回へ続く)
# by jdmn | 2005-07-21 00:58 | 小説「五代耕平の七番勝負」

いよいよ始まりました。高校生剣士、五代耕平の熱い戦いとせつない恋の物語。
高校一年生にもかかわらず、個人戦の地区予選で優勝決定戦まで勝ち進んできた。
耕平の暑い夏は今始まったばかりだ。


剣道一直線 高校生剣士「五代耕平の七番勝負」


序章

 東京都に隣接する近郊のH市は、人口わずか7万の小さな市である。昨今の話題でもあった合併問題では住民投票で否決された。県議会と密接な関係のある同市議会の多数が合併賛成を謳ってきただけに、最後の最後で住民側にノーを突きつけられたわけである。最初から「合併ありき」で、ことを進めてきた市や議会への反発があったという。
 住民念願の駅前開発も遅々として進んでいない。撤退した企業があっても誘致の誘いに乗ってきた企業はない。こうした話は今の日本のいたるところである話で、なにもH市に限ったことではない。

 この話の主人公である五代耕平が、家族とともにH市へ引っ越してきたのは二年前の春であった。サラリーマンの父親と地元のスーパーでパート務めをする母親、そして中学一年生の妹の四人家族である。

 憂鬱な梅雨の晴れ間は、昨日の雨を含んで少し蒸している。
 県立総合体育館、夏の県予選をまじかに予選を兼ねた地区大会が開かれていた。
 
「個人戦決勝は三位決定戦の後、第一会場で行います」 
 体育館内に、試合会場の変更を知らせるアナウンスが流れていた。
「いよいよだな」
 地元道場の稽古仲間の一人、矢沢健二が耕平の肩に手をかけ、声をかけてきた。
「はい」満面の笑みを浮かべ、素直に返事をする耕平。

 健二は耕平の五つ年上だが、単に後輩というより剣道一途に取り組む耕平の姿に、時おり感心させられることも少なくない。
 ひたすら稽古に励む生真面目さと、乾いたスポンジのごとく、高段者の指導やアドバイスを吸収し、日増しに強くなっていく耕平は道場の人気者だ。

 その素直さ、謙虚さが彼の実力を自然と押し上げたのかもしれない。けして運動能力が高いわけではない。健二はそう思っている。
 実際、彼の母親曰く「剣道以外のスポーツは、あまり得意ではない」という。

 耕平は今年、剣道の強豪校であるS県立高校に入学したばかりの新一年生だ。
 その新入生がこの夏の大会個人戦で勝ち残り、とうとう優勝決定戦まできたのだ。

 「今はこの試合に懸ける。何としても優勝するぞ」。
 普段の彼からは想像もつかない強い意志がみなぎっていた。この秘めた闘志は高校生になって始めて優勝決定戦まで勝ち進んできたからだけではなかった。

 試合会場である一階は、選手や試合関係者だけが立ち入りを許されているが、それ以外は二階の観客席で応援するしかない。
 その応援席には、今年の春の入学式の当日、偶然知り合った佐々岡悦子がいる。同じ高校の新聞部の副部長である。
 耕平の強い思いの理由は、彼女の存在があるからかも知れない。

 悦子は中学校二年生まで剣道の道場に通っていた経験がある。そのためまったく剣道と縁が無かったわけではない。
 自分の意志で道場に通うと決めた悦子だったが、中学校二年生の夏に高校受験を理由に道場をやめたのだ。
 やめた本当の理由は別にあった。

 悦子は思った。
「一対一で闘志をあらわに競う武道は、自分に合わないかもしれない」
 それより社会問題、政治問題に取り組む新聞記者や世界の紛争地域に危険を顧みず飛び込むジャーナリストの姿に憧れていた。

 中学生の割には大人びていた。
 小さい頃から学校で出される作文やレポートの提出は得意だった。
「もしかして思ったことや考えたこと、伝えたいことを文書にする仕事に向いているかもしれない」

 漠然とした思い入れだけで、具体的な職業を思い描くほどの知識や環境があったわけではない。しかし、おませな中学生にしてみれば汗臭く、息苦しい剣道にさほど魅力を感じなくなっていたのは確かだ。
 母親は「年頃だから仕方ないかもね」と、道場をやめることをあっさり認めた。

「大きな声を出せ、気合を入れろ、もっとしっかり打て」
 たまに道場で見学している父親の応援も煩わしかった。
 父親が稽古を見に来ることを母に頼んでやめてもらった。

 高校時代に剣道の経験がある父は、娘と剣道の話や技の話をするのが楽しみだった。それだけにわざと無視する素振りは白々しかった。何とか続けてほしいと願う父親のささやかな気遣いでもあったのだ。
 悦子は知っていた。父の手帳には今でも彼女の剣道着姿の写真がはさみこまれていることを。それは、地区大会に道場代表で出場した中学生個人戦に参加したときのものだ。
 悦子はそんな父親が好きだった。
 
 悦子の視線の先には階下の試合会場にいる耕平の姿があった。悦子は二年生、耕平よりひとつ年上である。
 冷房が効いている館内だが、ほぼ満員の観客の熱気で蒸し暑い。耕平の予想外の活躍で、優勝候補である何人かの選手がすでに消えていた。ますます混沌として優勝の行方がわからなくなった個人戦に、会場が沸いていることもこの暑さの原因のひとつかもしれない。

 先ほどようやく試合を終えた耕平の首筋には、拭っても拭っても湧き出る汗の粒が膨れて、やがて一筋の流れとなり滴り落ちていく。
 二階の応援席を見上げると、悦子の笑顔があった。
 彼女は同じ新聞部の友人といっしょにいた。

「来てくれたんだ」
 先週、剣道部の活動を紹介するということで取材に来てくれた。
 先輩部員が彼女たちに取材の礼のついでに言った。
「来週試合があるので、よかったら応援にきてください」

 耕平の思いは少し違っていた。
 本当は「自分の応援に来てくれ」と言いたかった。
 彼女は「取材でいけたら行きます。がんばってね」
 微笑んだ口元からのぞく悦子の整った白い歯が大人っぽく見えた。

 耕平と悦子は、お互いが好感を持っていることはなんとなく気づいているが、この先どうなるのかわからない。
 ただ、わかっているのは年下の耕平にとって、初めての淡い恋心を抱いた相手だということだ。

「好きです。ぼくとだけ付き合ってください」と、言えたらどんなにすっきりするだろう。
 悦子はそんな気持ちを察しているので、耕平の顔を見ても視線をはずさない。耕平が照れてうつむくと、可愛いと思う。

 この年頃の女の子は年がひとつでも違うと、ずいぶん大人に思えてしまうから、なおさらだ。
 耕平はほかの部員に悟られないように、自分の感情をそっと胸の奥にしまいこんで取材を終えて道場を後にする悦子の背中を追った。

 春、入学式。

 入学式当日、入部する予定の剣道部の部室を訪ねるときだった。
 あわてていたせいか、担いだ防具に何か当たったような衝撃を感じたにもかかわらず走り過ぎようとした。そのときだ。

「ちょっと君、待ちなさいよ」
 悦子だった。
 校内を走る耕平が行き交う際に防具が当たり、彼女が手にしていた取材用のカメラを落としそうになったのだ。
 それに気がついた耕平は「すみません、急いでいたもので」と、素直にあやまった。
「カメラ大丈夫ですか」

 拍子抜けするほど素直に謝る耕平を見て、怒る気にもならない悦子は耕平に訊ねた。
「君、そんなに急いでどこへ行くの」
「剣道部の道場です。集合時間に遅れそうだったので」

「それなら早く行きなさいよ。そんな大きな防具と竹刀を担いで校内を走り回ったら、ほかの人の迷惑になるから気をつけてね」

「すみません」と頭を下げた。
そう言われても時間がない。耕平はまた走った。
走りながら、今の出来事を思い返していた。
「可愛いひとだな」「何年生かな」

「自分が担いでいたのが、竹刀と防具だとよくわかったな」
確かに剣道の経験がなければ、自分の担いでいる物の正体はわからないかも知れない。
まさか剣道部の先輩ではないだろうな。

 二度目の再会は、耕平の通う地元の道場、錬武館であった。
「それでは先生失礼します」
若い女性の声のあとに聞きなれた声がした。

「またはじめたくなったらいつでも来なさい」
 声の主は館長だった。
 道場にお客さんか。
 耕平はいつものように道場脇の狭い廊下で防具を下ろした。

 帰り際の女性の顔を見て耕平は驚いた。
 今朝、学校で会った悦子であった。
「あっ君か。この道場に通っているんだ」
「すいませんでした」
 謝る耕平の姿に、館長が訊ねた。
「そういえば高校は同じだな、知り合いか」

 館長に今朝の出来事を説明すると、彼女ももともとはこの道場の教え子だったこと、今日は友人たちとの京都旅行の土産を持って挨拶に来たことを話してくれた。

 悦子も妙な縁に驚きながらも、今朝とは少し違って、穏やかな笑みを浮かべ耕平を見ている。
 今日の彼女は私服である。洗いざらしの淡いピンクのTシャツが、胸のふくらみをいっそう際立たせている。

 

(次回に続く)
 
# by jdmn | 2005-07-19 00:25 | 小説「五代耕平の七番勝負」

改めて自己紹介

プロフィール

 はじめまして、塩田です。昭和28年11月生まれです。

 主に販売促進、マーケティング、特にダイレクトマーケティングやテレマ
ーケティング関連のコンサルティングを中心に仕事をしております。マーケ
ティングや調査、セミナー運営の傍ら本も何冊か書きました。

 パソコンはレポートをまとめるためインターネットでの調べ物や取引先へ
の報告、連絡業務でのメールのやりとりで必要不可欠なものですから、何と
か最低限使える程度まではマニュアル片手にやってきました。

 PCの操作上、何かわからない時に気軽に聞けるスタッフがいても、つま
らないことで理解するまで時間がかかるし、人の2倍3倍の時間をかけようや
くここまできたというのが実感です。

 このブログは剣道と健康をキーワードに、日頃感じたり考えたことを
綴った私の稽古日誌であり、健康日誌でもあります。

 44歳の時、29年ぶりに剣道を始めた理由は、日頃の運動不足の解消だけで
はありませんでした。長年の暴飲暴食がたたり肥満体型に、そればかりか2年
ほど前から糖尿病と診断され、血糖値は高くなるはちょっとした階段の上り
下りでも息苦しくなるは、我ながらこのままではまずいと思ったのです。

病院では運動と食事制限、酒を控えろと指導されるだけ。ならば以前からまた
始めたいと思っていた剣道を選んだのです。

 剣道は年をとってもそれなりに続けられる競技です。構えや足の運び
は背筋、腹筋やアキレス腱を強め、足の動脈からの血流を高め、もちろん心
肺機能を高めるにはもってこいの武道です。

 気・剣・体一致の教えは奥深く、小・中学・高校、大学生から一般までの
有段者に交じり、稽古に励んでおります。

 久しぶりに身に付ける防具は懐かしくもあり、息苦しいものでしたが、今
では道場に毎週1~2回通い、1時間半ほど汗を流しています。
# by jdmn | 2005-06-27 15:40 | プロフィール
 空を見上げればどんよりと曇った梅雨空、雨が降らないだけましかと中年の独り言に、愛犬だけが愛想よく尻尾を振る。我が家へやってきてもう8年目、バーニーズマウンテンドッグというスイス産の大型犬だが、臆病で気が優しい。

 名前は「テン」という。10日(5月)生まれの10、おてんばのてん、奥さんが衝動的につけた名前だが。人見知りすることなく誰でもなついてしまう。めったに吠えないのであまり番犬にはならない。

 ただおもしろいのは、犬嫌いな人や訪問販売にやってくる人にはうなったり吠えたりする。犬好きな人は警戒心がないが、ワケありな人には動物は敏感に感じ取るのだろうか。犬嫌いな人が悪いのではない。苦手なものに近づくと人はぎこちなくなるし、つい犬にとっても不自然な動きに警戒心を抱くのだろう。

 実は、この犬種は大型犬といったが、うちの娘(メス)とはいうもののおばさんだが、7頭生まれた兄弟の中で一番小さかった。偶然この犬種を飼っている方が、「まあバーニーズの割には小型だね」と言われたことがある。悪気があって言ったことではないのだが、ちょっとむっとした。「あたまはいいのですがね」と言ってやった。

 たしかに賢いのだ。これも親ばかだね。

 うちの奥さんが、犬のトレーナーのまね事をして躾けていた。何ができるかといえば、トレーナーが飼い主に指導するようなことは大体やったと思う。おかげで散歩していてもお客が来ても恥ずかしいことはない。

 その場で「待て」といえば、オーケーが出るまで待つし、食事もオーケーが出るまでよだれを出しながらじっと待つ。玄関先でふんずりかえって邪魔なときでも「どきなさい」といえば、さっとどく。

 以前、家族で旅行したときペットホテルに預けたことがある。3日ほど留守をして帰ったときなど、ペットホテルのスタッフから「とてもおとなしくておりこうでした」と感心された。しかし、ところどころ抜け毛があり、円形脱毛症のような症状だった。狭いケージの中にいれられ、小さな犬がキャンキャン吠えているような環境でストレスが生じたのだろう。それ以来、ペットホテルは利用しないことにした。

 今日は、人には従順でちょっと気の弱い愛犬自慢で終わってしまうのか。

 そこでまったく関係ない話をひとつ。

 毎日、テレビや新聞、ネットから様々なニュース、各種情報が入り込んでくる。情報に対する意見や考え方、見解といったものも各種メディアに溢れている。いまさらこんな言い方をする私もかなりおじさん化しているが、日々接する人の言葉や考えに「そうだね」と時折り素直にうなずく自分もきらいではない。

 いい中年が剣道に夢中になって、とか言われながらもブログまで公開しちゃう自分がいる。「見ました」よなんて言われて、気恥ずかしいけどちょっとうれしい。お金にはならないけど楽しい。

 仕事サボって稽古してんのって言われそうだけど、別にサボっているわけでなない。私は24時間、365日間が仕事モードにはいっている。大げさな言い方、というより言い訳だけど、好きでやっている仕事なので、オン・オフの切り替えをきちんとしていないかも。休日も仕事のレポートを書いたり、資料作りをしたりすることはしょっちゅう。

 家族は朝早く出かけて、夜遅く帰ってくると「お疲れ様」と声をかけてくれるが、自宅で報告書などを書いていると、あまり同情されない。一応事務所があるのだから気持ちを切り替えてそこで仕事をすればいいのだが、ついつい出かけるのが遅くなる。

 a0013870_15143743.jpg午前中ママさん達が稽古しているときなど、つい「今日は午後から仕事」と勝手に予定を組んでしまう。そのいい加減さを奥さんに見抜かれているものだから、呆れられてしまう。

 最近「そうだよね」とうなづいたこと、あったよあった。

 スタジオジブリの代表でプロデューサーの鈴木敏夫さんがインタビューで答えていた。
「あんまり先のこと考えないことですね。目の前の仕事、今いる場所で何をやったら面白くなるかを考える。それが一番だと思うな」
 
 そうです。楽しくなること見つけましょう。仕事でも趣味でも楽しく一生懸命になれる時間を持てることっていいよね。

 
# by jdmn | 2005-06-25 15:17 | 独り言

 剣道日本7月号の表紙を飾っておられた久保木文夫氏(教士八段)が、同誌でご自分の稽古について語っておられました。

「屋外で行う素振りは千本を目標に、雨の日には屋内で正座をして、5、6百本を目標に行います。以前と違い太刀力や筋力をつけることだけが目的ではないので、普段使う竹刀を用いています」
 
 日頃からのたゆまぬ精進には敬服します。私もこの百分の一ほどの努力があれば、もう少し自分の剣道も成長していたでしょう。本質的な剣道観が違うのでしょうが、私と比較しては久保木先生に失礼ですよね。それはそれとして、中年剣士とはいえど恥ずかしくない稽古ができるよう肉体的、精神的な稽古を積んでいくことが大事です。それが楽しい剣道につながることだと思います。反省しきりです。

先日、私ども支部の月例稽古会に、嬉しいゲストがやってきました。7月18日、武道館で開かれる「全日本家庭婦人剣道大会」へ出場する埼玉県代表選手の方々です。総監督の神山先生(八段)、監督の今濱七段以下5人の選手の方が私たちとともに、稽古に参加していただきました。

 稽古の中で基本技に対するお話も大変勉強になりましたが、神山先生をはじめ、ともに参加された高段者の先生方の稽古を拝見させていただいたことで、あらためて自分の稽古での新たな課題も数多くいただいた気がします。

 
 ずいぶん前の剣道日本で拝見した記事ですが、松原輝幸氏(範士八段・掲載当時)が、ご自分の得意技である面の打ち方について語っておられました。

 同氏は「普段の稽古では、面が打てれば小手も胴もおのずから打てる。基本技の稽古では、面技を中心とした稽古をしています」と。

 その松原氏の面打ちは刺し面の対極にある、大きく振りかぶってから打つ面です。大きく振りかぶれば、その間に相手には面を打ってくるのが見え、相手が防御に回ると考えるのが一般的です。なぜ、そうした面打ちを決められるのだろうか。

 「振り上げるときは相手にアッと思わせるよう、剣先で攻め圧しながら振りかぶる。振りかぶる動作そのものが攻めにつながっていないといけません。そうでないと気持ちと体が連動しないのですから。そこで相手には一瞬ですが虚が生まれます。そのときに早く打てばいいのですから、打つ直前まではゆっくりでいいんです。ただ、その一瞬をとらえるためには、正しい構え、足さばきで気持ちを充分にしないといけないのです」(掲載記事から)

 その場合、攻め合いでは相手の中心線をいかに自分の中心線からはずすかが、大切であるといっています。しかし、あまり相手の竹刀を押さえすぎると、自分が打つためにいったん竹刀を起こさないと打てません。これでは攻めと打突が連動しません。押さえるのではなく、足と竹刀の鎬を利用して攻め入ることを心がけるというわけです。

 私も日頃の稽古でもこれに似た経験をよくします。なるほど、ご高齢の高段者の先生と稽古をお願いしたときなど、面とわかっていてもいとも簡単に打たれてしまう。居ついてしまっている。あるいは引き出されて、打とうとした一瞬出会いがしらに面を打たれたり、小手を打たれる。

 それが高段者の高段者たるゆえんでしょうが。

 私のような50を過ぎた中年剣士が、若い人のように遠間から踏み込んで打つことはできない。それでも思い切り飛んで打とうとする。最近まで、自分もこの傾向がありました。若いときのイメージあって、どうしても自分の間合いが遠くになりがちです。「これでは届かない」と、剣先を重ねたまま躊躇していると、逆に相手に乗られ攻められてしまいます。これが私の悪いパターンでした。

 いつでも打てるようにと、あまり足幅を広く構えていると、腰が残りやすいので少し狭くした構えをとってみました。今度は近くまで足をついでいけばと修正しています。

 そんな迷いの中での今回の稽古会や松原先生の掲載記事は勉強になりました。体力的に迷いを吹き飛ばすほどの猛稽古は無理でも考えた稽古、考える稽古はできます。今の経験がこの先10年、20年続けられる剣道の元になるのだと実感しています。

 小さいころからの稽古が身についていないリバイバル中年剣士は、身体能力がついていかない分を理屈で何とか理解して、適応させていくしかありません。その意味では充分な稽古が大事ですが、やはり見取り稽古も大切だと、改めて感じました。

 
# by jdmn | 2005-06-19 17:56 | 稽古日誌
 「まめに書き換えてくださいね」「今度はいつですか」とチェックが厳しい。同じ道場に通う江添君のことばである。彼はまだ20代前半の剣道大好きの好青年です。また、まわりが心配するくらいの剣道マニアでもある。

 剣道四段のうちのホープであるが、剣道に関するものなら何でも集める。
防具についていえば、胴は6着もある。その日の気分で稽古に使う胴衣や防具を変えるこだわりをもっている。防具店に顔を見せては、また何か買い込む。なじみの骨董屋に顔を出しては、なにかしら買ってくる骨董好きのおやじと変わらない。

 そういうことで今日は書きましたよ。

 昨日、久喜大会に一般の部の団体戦に出場しました。結果は2戦目敗退です。同大会は埼玉県剣道連盟久喜支部が主催する大会で、今回21回目となります。
 小学生、中学生、一般女子、一般の部、シニアの部で総勢1,000人近い参加者で盛況でした。

 今回の大会会長であり、支部長の戸賀崎先生が大会挨拶で言っておられました。剣道には「打って(勝って)反省、打たれて(負けて)感謝」の言葉が示すように、交剣知友・交剣友愛の精神で正々堂々と戦い、その結果(勝敗)にこだわらず清々しい充実感を味わってほしいと。

 しかし、実力伯仲の決勝戦ともなれば熱くなります。場外など反則で監督さんが審判の判定に異議を申し立てる場面もあり、緊迫感に包まれた決勝戦となりました。
 ちなみに審判規則では、「何人も審判員の判定に対し、異議申し立てをすることはできない」(第35条)と、合議・異議の申し立て事項にはあります。
 さらに次の第36条には「監督は試合者の試合終了までに審判主任または審判長に異議を申し立てることができる」とあります。今回の件はこれにあたります。

 自分の試合を振り返るとともに、思わず審判規則を読み返してしまいました。さて、肝心の試合は団対戦で1勝1敗でした。他のメンバーは素晴らしい戦いを見せてくれました。先ほどの剣道マニアの江添君も1勝1引き分けと先ぽうの役割を十分果たしてくれました。

 私自身は引き分けと二本負けで不甲斐ない結果となりました。二戦目の敗因は、つばぜり合いで自分から不用意に下がったところへの相手の引き技がきまりました。普段の稽古と試合は違うのだと、わかってはいたのですが。残念。

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# by jdmn | 2005-05-30 06:05 | 最新のニュース
週に1度程度だが、子供たちと稽古をすることがある。5年生、6年生ともなると上達の差が目に見えてはっきるあらわれる子供もいる。こうした稽古が私にとって大変勉強になる。高段者の先生方に比べれば、ささやかな経験であるが、いかに基本どうりの打ち方や技を出せるか自分の稽古にもなっているからだ。

子供のころは、いかに早く打てて人よりもうまくなれるかと思ったし、どうすれば試合で勝てるか、そればかりを考え稽古をしていたように思う。

 そうした思いが稽古や試合にも如実に表れてくる。それはそれでいいと思う。そのうち、実力が拮抗した相手とは自然と剣先を通じてのさぐりあい、心の読みあいが、一瞬の技となってあるいは応じて勝負が決まることを実感として持つようになる。私自身はそのような心境になるまではまだ時間がかかるが。

 高段者の先生方のように、剣道を長く続けていると、求めるものにも幅が出てくる。剣道をまさしく剣の道として武道を見極めんがための精神や心がけといった心境に近づかんがための努力を惜しまない。

 そうした思いや心がけは普段の稽古にも当然表れるものだ。たまにそうした先生に稽古をお願いしたときなど、私などはまったくの初心者同然に処し方に戸惑ってしまったこともある。

 ずいぶん前だが、ある道場開きのお祝いの稽古会で高名な剣道家の先生に、普段の仲間内の稽古同然に初打ちに小手を打ちにいったり、引き面を打ったりしたことがあった。そのときの心境は、少しでもいい技を出して、いいところを見せたいという子供のようなところがあったのだろう。今思えば恥ずかしい限りである。最初から最後まで自分のペースでがむしゃらに打ちにいったのだから。
 
 そんなことを考えていたら、同じ道場の稽古仲間であり、私同様中年剣士の鶴町さんからメールをいただいた。
 少々長くなりますが、以下引用します。 

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こんばんは。
先日、岩手大学剣道部の浅見先生の「独り言」を読んでいましたら、いい話が載っていました。何度も読み返しました。その部分を、下記に抜粋します。(岩手大学剣道部HPより、引用)浅見先生が、ふがいない学生に、憤慨して、また、自分勝ってな剣道で、掛かってくる相手に対して嘆いていた時、京都演武大会の朝稽古の帰りに、たまたま、奈良の賀来先生にお会いして、愚痴をこぼしたところ、賀来先生から、意外な話が返ってきて、勉強になったと書き込んでおられました。

                  記

『5/4はこの日も前日同様快晴。日中には最高気温が30度を超えたのではないかと思うほど。春は終わって、夏そのもの。

 朝稽古には徒歩で行った。この日も元立ちを1時間ちょうど務めた。5/4には7段の立合があり、朝稽古参加者は前日よりも多い。初めの頃は、隣のN教士、M教士と肩が触れ合うほどのスペースでやらざるを得ないほど。

 しかしねぇ・・・やっぱり、色々な人がいるもんだ。中には浅見の胴を、もぐり込んで打った瞬間に「斬ったりー」と宣言したヒト。メンに来るけど届かなかったとき、浅見の胸をドーンと突き押ししてから「メンー、メン」と2度打ち、3度打ちのヒト。まぁ、喧嘩腰で来る人はいなかったけど、終わって最後の礼をしたと思ったら、クルッとあっち向いてホイのヒトとか。
そんなヒトに限って、終わるときに首を傾げたりして、自分のことしかアタマにない様子。やっている内に、辟易としてきた。

 かかる方ばかりではない。近くの元立ちのA教士の打ちも強烈。かかってくる相手を叩きのめしているかの如く。どういうわけか、浅見は最近の稽古では強く叩くことが少なくなっている(相手に合わせて、竹刀を部位にタッチするかの如く・・・そうは思わないって?)。強気で来る相手とは「やってらんない」と思うこともしばしば。

 稽古が終わった後、ため息が出てきたね。サブ道場ではまだ続けてやっていたようだが、とても稽古を続ける気にならず、終了。

 稽古が終わり、武道センターを出るとき、偶然に奈良の賀来範士と一緒になった。賀来範士からは、「オー、元気か。どうしているか気になっていた。」と言っていただく。
 宿舎に帰る道すがら途中までご一緒に歩きながらお話を聞いた。

 浅見が最近感じていることとして、次のようなことを話した。「最近、地稽古が自分の鍛練にならない。自分にとっては切り返しや打ち込み稽古の方が鍛練になる。」

 賀来範士はそれに対して次の教えを話してくれた。
 「それはまだ本物ではない。
 持田盛二先生(故・範士10段)は『2段の相手には2段半の力で、7段の相手には7段半の力で遣われた。どんな相手でも自分の鍛練になる』と言われた。

 斉藤正利先生(故・範士9段)は、どんな相手でも汗ビッショリになって稽古をされていた。2段3段の相手でも、オッとっと、オッとっとと汗ビッショリになっておられた。ある年、全日本東西対抗に出られることが決まっていたが、それでも師範をしていた京都大学で学生相手に毎日稽古をされており、心配した学生が『学生とばかりの稽古でよろしいのか。もっと強い方と稽古をされなくて大丈夫か?』と尋ねた。

 そうしたら『学生相手でも自分の稽古になる。』と明言された。 このようにどんな相手でも、相手に合わせて稽古を一生懸命すること、それが自分を鍛えていることになる。そしてそうしていれば、相手の心が読めるようになる。心が映るんだな。明鏡の如しだ。ここまで行かなければいけない。私が斉藤先生に稽古をお願いしたときのこと、その日はある考えを持って稽古をした。

終わったときに斉藤先生は、私の考えを一言で言い当てられた。全部読まれている。
こういう先生にかかったら、何も通用しない。

 もう一つ、浅見が話したことは、今の自分の心情について(この朝の稽古でうんざりしていたこともあるけど)。
 「他の人の稽古が、まるで争いごとや闘いの様相になっている。浅見は今、そんな中に一緒に入って打ち合う、叩き合うような気になれない。浅見の稽古では、ただ力まずに遠間に立ち、打つ機会が自然に訪れるのを待つ稽古になっている。」

 賀来先生曰く、「確かに、争うなんて下の下だ。浅見は良いところまで来ているが、まだもう一歩先がある。さっきの(上記の)話のように、この道を信じて、突き進むこと(伊藤一刀斎の言葉「戦陣訓」を引き合いに出して語っていただいた)。」

 賀来範士とのお話が楽しいのは、昔の大先生の話や様子がたくさん出てきて、ワクワクするのだが、まさか伊藤一刀斎の言葉がスラスラと出てくるとは思わなかった。

 途中でお別れして宿舎まで歩いて帰る。帰る道すがら、賀来先生のお話が頭の中を駆けめぐっている。街中を剣道着・袴姿で歩いていても、他の人の目が全く気にならない。

 宿舎に到着、シャワー、朝食を済ませ、再びベッドの中で睡眠補給。
 
 寿司弁当で昼食を済ませ、防具を再び用意して武徳殿に向かうことにした。

 14:00頃から15:30まで、知り合いの7段立合を見学。一緒に並んで見ていた作道正夫先生の隣に座って、賀来先生から聞いた話を紹介した。
 作道先生曰く、「良い話を聞いた。我々は学生と稽古していても、心まで読んでいるかというと、そこまではしていない。そこまで考えるべきだな」と。』

心まで読もうとしていないと、いつまでたっても、心を読めないですよね。
”相手に合わせて一生懸命すること”それが、心を読むことになるんですか。

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 鶴町さんメールありがとう。私たちの場合、こうした先生の心境はともかくまず稽古です。まっすぐないい面を一本でも多く打てるよう稽古に励みましょう。




 
# by jdmn | 2005-05-20 15:21 | 稽古日誌
 ニューヨークシティー剣道クラブの片岡昇代表が、久しぶりに日本へ帰ってこられた。先日お会いした折に、ニューヨークの剣道事情や道場運営の苦労話など興味深いお話を伺った。
 今回帰国した主な目的は京都での八段の昇段審査を受けることと、同氏が開発した英会話上達法「ケンセイメソード」のセミナーの開催である。ケンセイメソード 昇段審査は再度挑戦となったようだが、セミナーは好評のうちに終了し、9月には東京、高知、神戸での開催がすでに決まったという。郷里の高校での講演もされたというが、生徒の3分の1は寝ていたらしい。「講演で若い人を引き付けるのは難しいね」と苦笑い。

 同氏が代表をされているN.Y.C剣道クラブには、私も一度稽古に参加させてもらったことがあります。会員の多くがビジネスマンや事業家、ある程度の年齢になってから始めたという人が多い。その他、銀行や商社、メーカーの剣道経験者のニューヨーク駐在員が元に立ち、汗を流していた。私が参加した日は土曜日の夕方からの稽古であったせいか、参加者は40名ほどで「けっこういるな」というのが、率直な感想である。

 何人かに剣道を始めた動機を尋ねてみた。「剣道を通じて日本文化や武士道に触れてみたい」「サムライに興味がある」などの答えが返ってきた。なかには黒沢映画のファンで、7人の侍を見て剣道を始めたという韓国系米国人もいた。この方は女性であるが、ビデオや書籍を日本語で見たり読んでみたいというので日本語も勉強していた。

 会費は毎月100ドル程度とのこと。私たちには計り知れない苦労も多そうだ。会員集めもそうだが、道場つまり場所の確保もたいへんだったそうだ。同クラブは市内のコミュニティーセンターの運動ホールを借りている。バスケットやバレーボールなどを行うスペースだ。床であることが絶対条件なので、こうした広さを継続して借りるのはたいへんだ。

 道場を始めた当初は、剣道独特の掛け声や竹刀で打ち合う音が奇異に感じられたようで近隣住民からの苦情が殺到したとか。
 「アウシュビッツで拷問されているような悲鳴が聞こえる」「何か新興宗教の集団が奇声をあげている」といった具合である。

 そのため剣道への理解を得るために、見学者を招いたり警察署へ説明に走ったりしたそうだ。
 私が稽古に参加させてもらった道場のなかで、ブロードウエイの真ん中にあるというクラブもあった。剣心会というクラブだが、劇場前のダンスホールの一角を借りての稽古であった。

 毎週金曜日の夕方、わずか1時間半のレンタルである。当然スペースは区切られているが、シャルウイダンスの世界のかたわらで防具をつけての稽古は、始めてみる者にとってはなんとも不思議な雰囲気である。しかし、華麗にステップを踏む彼らには、すでに見慣れた光景であるらしく、まったく気にもかけずレッスンしている。

 ニューヨークへ行かれる機会がある方はぜひ一度、のぞいてみてはいかがでしょう。大歓迎されること間違いなしです。ただし、時差ボケには気をつけてください。一度面を付けたら、なかなか放してはもらえません。次から次と稽古をお願いされますから。体調管理には十分気をつけて臨んでください。

shiota@kokyaku-info.net
# by jdmn | 2005-05-12 15:57 | 稽古日誌
 ご無沙汰してます。ほんとに長い間書き込んでおりませんで、病気でもしているのかとご心配をおかけしたようで申し訳ありませんでした。確かに仕事も忙しかったのですが、理由になりません。この程度の原稿を書く余裕もないのかと呆れられるでしょうから。

 さて、明日から連休ですね。皆さんはどのように過ごされるのでしょうか。私はこの時期に近くオープンするネットショップの準備と、ダイレクトマーケティング関連のニュースサイトの立ち上げの企画作りをする予定です。これについてはまたの機会にご報告します。

 久しぶりに家族で旅行でもと考えていたのですが、娘は部活、息子はアルバイト、奥さんはなぜか京都旅行、それぞれのスケジュール調整ができずに連休突入です。せいぜい家族で外食か近くの温泉でも1泊旅行と、提案しましたら「年寄りの旅行じゃあるまいし、何で温泉なのか」と不評です。

 稽古のほうは、相変わらず熱心に通っております。五月の最終日曜日には試合も控えてり、週2回のペースで汗を流しています。稽古といえば、先日もこんなお叱りを受けました。
 「ただ打てばいい、当てればいいという稽古はどうか。打つべき機会を捉えて打つとはどういうことか考えて稽古しなさい」と。
 剣先のしのぎあいや攻めの微妙な駆け引き、応じて技を出すといった剣道本来の醍醐味が感じられないというわけです。ある程度年配の私だからこそのご忠告でしょう。確かにそのとうり。
若い相手のペースで打ちあってどうする、ってことですな。

 
# by jdmn | 2005-04-28 14:12 | 稽古日誌
 いつか見たテレビ番組でのことです。所ジョージさんのためしてガッテンみたいな番組で、タイトルは忘れました。ネットで情報検索していたらこんな記事が紹介されていました。私自身どこかですでに書いているかも知れませんが紹介します。

 「おなじみ科学の素浪人、矢野左衛門。武士ということで、剣の腕には自信が有ります。そこで剣道場に道場破りに入りました。現われた矢野左衛門の相手は小学5年生。ところが立て続けに2本取られ、矢野左衛門は全く歯が立たなかったのです。小学2年生を相手にしても同じ。1本も取れずじまい。無、無念…。」小学生を倒すべく矢野左衛門の科学的修業が始まりました。

 「矢野左衛門は、警視庁名誉師範であり、剣道の最高位八段を有する佐藤博信範士のもとに入門しました。早速面を打ってみたところ、佐藤八段曰く「音が悪い」。そこで矢野さんと佐藤八段の面を打った時の腕の筋肉の動きを筋電計で比較しました。すると、矢野左衛門がずっと筋肉が緊張しているのに対し、佐藤八段は打つ瞬間にだけ力が入っていたのです。衝撃力を測定してみると、矢野左衛門が223kg重なのに対して、佐藤八段は316kg重。力を瞬間的に入れた方が高かったのです」

 「コツは太鼓にありと佐藤八段に言われた矢野左衛門は、さっそく和太鼓一筋40年の名人のもとへ。この名人に面を叩いてもらうと、なんと衝撃力は314kg重!佐藤八段と同じだったのです。太鼓もまた、打つ瞬間にだけ力を入れるのでした。ずっと筋肉に力が入っていると、打つのに不必要な筋肉にも力が入り、打つ動作の邪魔をしてしまうのです。打つ瞬間にだけ力を入れると、不必要な筋肉には力が入らず、大きな力を出すことが出来るのです」

剣道も太鼓も、軽く握り、打つ瞬間にだけ力を入れるのが良い打撃を生むコツ!

 「打ち方が様になってきた矢野左衛門。しかし、どうも動きがぎこちないのです。すると佐藤八段いわく「社交ダンスに学べ!」。そこで矢野左衛門はダンススクールを訪ねました。ダンスの極意を達人に聞くと「腰が上下しないこと」だと言います。そこで佐藤八段、矢野左衛門それぞれの腰にライトを装着し踏み込み動作の時の動きを見てみました。矢野左衛門は腰が上下に動いてしまうのに対し、佐藤八段はほとんど上下せず水平に動いていました。身体の上下動が少ないほど最短距離で移動できるので、すばやい踏み込みにつながるのです」

 「和太鼓と社交ダンスという変則的な強化法で、だんだん様になってきた矢野左衛門。しかし佐藤八段に戦いを挑んでも、スイスイよけられてしまい、まったく打ち込むことが出来ません。実は剣道でもう一つ大切なのは、相手の動きから技を読み取る“見切り”が出来ること。相手が、面、胴、コテのどの技で攻めてくるのかは、振り上げた時の竹刀の高さや角度でわかります。しかしその動きは瞬時の出来事。佐藤八段は一瞬にしてそれらの動きを見極めていたのです」

 頭で理解していてもなかなかできないのが現実です。私はこの文章を読んであらためて感じたのは「相手の動きから技を読み取る見切りができること」の部分です。その見極めができてこその高段者なんですね。「一眼二足三胆四力」(書き方これでいいのでしょうか)の言葉にもあるように、対する相手を前にして一番大切なことはまずは目の付け方、視線の置所という理由もこのあたりにあるからですね。

shiota@kokyaku-info.net
# by jdmn | 2005-02-27 17:44 | 稽古日誌
日頃ご指導いただいている私の先生(七段)の中に、30を過ぎて本格的に剣道を始め他方もいる。ずいぶん前に警視庁を退職され、剣連支部の役職も退かれたが地域の剣友会や道場の指導をされている。Y先生としよう。先生は、心臓に持病を持って先ごろペースメーカーを入れた。それでもお元気に我々の稽古を見てくれる。30を過ぎてから始めたという経験は、私のように本格的な稽古が40を過ぎてからというものには、かけがえのない存在である。そのY先生が稽古中に言われた言葉「四段以上、とくに中高年者の稽古は気攻めの稽古ですよ。何でもかんでもただ打ち込む剣道は若い人にまかせなさい」「打てるときに打てればそれでいい。気で攻める、引き出す、打ってきたら応じて出せる技があればいい」
 それができない若輩ものですが、ついつい応じるつもりが受けてしまう。間に合わず、中途半端な応じ技になってしまう。そんな私たちを見かねて、「打ってくるのを待っているから間に会わない。攻める気持ちがなければいけません。絶えず気持ちが攻めていれば、起こりを捉えることができる。打ってきた時応じていては間にあわないのは当たり前、剣道はいかに起こりを捉えるかです」「打ち合う中で相手を崩して打つのもいいが、立ち会いでの気攻めの勝負で負けていてはだめです」
 私たち中年剣士にはこうした話しが実に心地良く聞こえてきます。体力、筋力など総合的に若い人の身体能力には勝てません。しかし、逆に若い人がそれだけで高齢といえども高段者には勝てません。剣道の奥の深さについて語るには、私のような若輩者にはまだまだ時間がかかりそうですが、毎回稽古の中で一つでも気付きや発見があるうちは、おじさん剣士といえども「進化の証」である。
# by jdmn | 2005-02-26 15:00 | 稽古日誌
 久しぶりの原稿です。書きたいネタは山ほどあるのですが、ストックが溜まる割には消化できず購読者の皆様に呆れられております。先日も同じ道場に通う熱心な剣道青年江添君に「早く書いてくださいよ」と催促される始末。ブログのいいところは日記風に毎日書きためても書き手の都合であとでキーワード別や関連情報、写真など整理できるところでね。わかっているのですが、そのあたりがまだ自分なりに消化できていないところです。同じブログなのに何故こんなにホームページのように情報が整理され、検索しやすくなっているのだろうと、感心するページも多いですね。このブログの編集には、まだまだ時間がかかりそうです。いま少し時間を下さい。

 ところで前回から約ひと月、ご無沙汰していた間のトピックスは、これと言ってあるわけではないのですが、今年はいくつか資格試験に挑戦しようと通信講座を申し込みました。毎年考えていたことですが、ついつい準備が整わず先送り状態でした。ここで恥ずかしながら公開してしまいましたので、その結果については試験後にご報告します。試験は10月とまだ時間がありますが、合格率は2.6%、まず無理でしょう。剣道で言うなら八段昇段試験、実際は八段昇段のほうが難しいと思いますが。何の資格かは次の機会にでもご報告します。

 生活の中で、自分のスタイルを持っている人はすごいですね。どんな小さな習慣でもまたは趣味やこだわりを自分の生活に大事に取り入れていく。それがその人の個性、生き方と、まわりからも見られるようになる。そういうものが一つ人に言えるものがあるだけで余裕が感じられます。とくに年を重ねていくとそれがその人の魅力であり、ときには信頼となるものです。人生の中のメリハリは、ひとそれぞれあるでしょう。人には言えずじっと自分の胸に留め置くべきものかもしれませんが、そんなことをついつい考えてしまうのは歳のせいでしょうか。

 そんな自分も稽古では、少しでもかたちのきれいな剣道をしていきたい、まっすぐ打ち切る面で勝負したいと励んでいるつもりです。それにしても幼い頃から竹刀を握っている青年諸氏は手首の柔らかさと、そして手首の返しの早さ、強さがありますね。肩に力が入っていないのでそれが打ちの早さにつながり、応じ技の対応の早さにつながるのでしょうか、うらやましいですね。口では感心していますが、稽古では負けていられません。中年剣士の意地もあります。せめて剣先のしのぎあい、気合で攻めていきます。打たれても納得の気構えで面を取りにいきます。
 そうした稽古の中でやはり感心させられるのは、指導いただいている先生方のアドバイスです。すべては理合いに通じる話ですが、勉強になります。私のような中年になってから本格的な稽古を積んでいるものは、まず理屈で納得してからそれを体になじませる稽古を積み上げていくのも一つの方法だと思います。その意味でも見取り稽古は貴重です。段の上の方の稽古を見て、動きの中での技の組み立てや攻めのかたち、崩し方などできるだけ自分の稽古でまねてみます。イメージだけでは自分のものにはなりませんが、少しでも出来れば体が理解し、反応したといえます。実際はそんなにうまくいくわけはありませんが。聞いて学ぶのは当たり前です。聞こえは悪いのですが人のいいところは遠慮なく盗む、使わしてもらう、このぐらいの気持ちで稽古に臨んでいくことは大事だと思います。

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# by jdmn | 2005-02-20 15:12 | 稽古日誌
「無縄自縛」という言葉についてこんなお話がありました。「剣道で例えるなら、相手の方が自分より強そうとか、反対に弱そうだ…と自分を縛った目でみる。自分自身を束縛していたのでは、いい動きができるわけがない。他人に縛られた縄なら他人に解いてもらわねばならないが、自分で縛ったものなら自分でとけばよい。一切のものが自分の心の中にあるのだから。修行をする、ということは、自分を縛っている縄を断ち切ることだ」と。ある剣道雑誌で読んだのですが、こうした心境になるにはまだまだ時間がかかります。このお話をされている先生にしても剣道歴50年以上と言うのですから、私などとほほです。

先週は家族があきれるほどの剣道三昧の週でした。木曜から日曜日まで連続4日間稽古をしました。土曜日は朝8時から王子警察署の道場への出稽古に出かけ、当たり前といえばそうですが技量の差をたっぷりと味わってきました。はたから見れば、大人と子供の稽古みたいなものでしょう。緩急自在な切り替えしと応じでの懐の広さ、打ちの強さ、攻めの強さを肌で感じてきました。その余韻をかりて地元の道場での一般の稽古は、燃えました。昼間の不甲斐ない自分を打ち消したい気持ちがあったのか、気合だけは誰にも負けない気概で臨みました。
日曜日の朝は、子供たちと一緒に稽古で汗を流し、そのあとまた大人だけで稽古でした。今週の課題は、もう一度構えについて考えてみることです。いつでも自然に打突の動作へ入り、相手の打ちへ応じられる構え、力みのない自然な構えを身に付けたいものです。
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# by jdmn | 2005-01-24 12:39 | 稽古日誌

サプリメント症候群かも

世の中にはずいぶんと健康食品があるものですね。私も健康維持のために色々と試しに飲んでいました。あまりにも種類が多くて、効果の程はハッキリ言ってわかりません。そのほとんどがやはり、生活習慣病に効果があると思われるサプリメントです。お酒が好きでほとんど毎日飲んでいます。正確な酒量をかかりつけの先生に申告すれば、きっとあきれられると思います。少しでも酒量を控えたいと、飲むペースを抑えておりますが。
 アルコールと血糖値の関係でいえるのは、アルコールはインスリンの分泌を低下させたり、働きを悪くする作用があるからです。また、食欲増進効果があるのでついつい食べ過ぎてしまうので飲みすぎはいけないと言うことでしょう。出来れば禁酒がいいのでしょうが、それではストレスが溜まるだけで、これも辛いことです。お酒を飲む時は、低カロリーでヘルシーなつまみ、例えば野菜スティックや豆腐、海藻サラダなどを選んでちゅうもんしたいもの。ニューヨークで枝豆が流行していますが、健康志向の強いニューヨーカーの間で定番つまみとなっているようです。
 飲食すると大量のビタミンC・B群が消費されます。そんな時にはビタミンC・B群をサプリメントで補給するのもいいかもしれませんね。最近、通販のおり込みチラシなどで見込み客リストを集めるために、1000円程度のお試しセットの申し込みハガキが付いていますが、ついハガキを送ってしまいます。健康食品の愛好家は、次から次ぎへと商品を買い換えると言われますが、よくわかります。健康は気になるので色々試してみたくなるんですね。通販企業はいかに継続して買ってもらうか、顧客をつなぎ止めるための智恵の出し合いが企業の力というわけです。健康雑誌やニュースリリースの定期発行もそのひとつです。顧客の啓蒙も仕事の一つです。新しい顧客開発にお金をかけるのも必要なことですが、一人の顧客を大事に育て、リピートを取る工夫が重要です。
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# by jdmn | 2005-01-19 14:55 | 稽古日誌
昨年の暮れ、打ち気に逸りどうにも重心の移動が上手くいかず、しばらくは面が打てない状態が続きました。大げさなもの言いになってしまいましたが、早い話が冴えをある一拍子の打ちを意識するあまり力みがとれないのです。早い打ち、振りかぶりの少ない打ちを意識するほどに肩に力が入ってしまうわけです。
 私のような未熟なオッサン剣士が、イメージだけを頼りに竹刀を振ってもだめですね。若い人のように遠い間からの面打ちは、なかなかできません。まずは届く間合いを見極めることですね。思うのですが、この距離を怖がらず攻める気持ちを持つことが出来るか大切です。リキまず肩に力が入らなければ、スムーズに冴えのある打ちが可能です。実際はこれが難しいのですが。頭では力を抜いて自然体に、と思うのですが、せいぜい手首の柔らかさ程度です。肩の力を抜くことって以外にできないものです。
 以前から親睦稽古会の話をしておりましたが、少し前進がありました。同じ市内で稽古をしている剣友会の方から定期的に稽古会をしましょうとのお誘いがありました。市内の大会や支部主催の試合や月例などで、顔を合わせることはあったのですが、具体的に稽古会について話が出たのは、今回が初めてです。これを機会に、地域の剣道人口の底上げや私どものようなリバイバル剣士の参加を促そうということになりました。埼玉県蓮田市ですが、よろしかったらご参加下さい。日時や場所が決まり次第後連絡します。


# by jdmn | 2005-01-18 14:51 | 稽古日誌