剣道再開組の中年剣士が生活習慣病と戦いながら剣道修行


by jdmn
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  剣道に限らず様々なスポーツ競技の大会で、韓国戦ともなると会場は異様な盛り上がりというか熱気に包まれる。韓国は日本に対しては特別な感情でライバル視している。

 先の剣道世界大会でも何が何でも日本に勝ちたいという雰囲気だ。それに対して日本勢は、あくまでも日本の剣道を世界に示しながらも強さを要求される。そのプレッシャーは相当のものだろう。

 日本の大会ではあり得ない応援団の歓声やブーイングは異様だ。一進一退の静かな駆け引きの中で戦う剣道の試合が、異種格闘技のノリとなってしまう。静かに見守る日本側応援団と、国旗を振り大歓声で応援する韓国側応援団とは対照的だ。

 その一方で、世界大会でありそれぞれの国が、自国のプライドをかけて闘うのだから、そこに必死の応援があってもいいのではないかという感情も理解できる。逆に自国の選手が一生懸命闘っているのに、ただただ静かに観戦するだけの日本の応援態度がほかの国には奇異に映るかもしれない。

 私も観戦していて日本を破った米国や主催国の台湾などの応援振りは、むしろ普通にみえた。しかし、ブーイングはしない。そこが他国と韓国ではちょっと違う。そこまでして勝ちたいのかといわれれば、「そこまでして勝ちたいのが日本戦」ということだろう。

 韓国のそうした感情の根底にあるのは何か。ここで両国の間に横たわる負の近現代史について語るつもりはない。しかし、先日の新聞で見かけた記事などでも同様のことが感じられる。

 一見関係なさそうで関係があるのだ。新聞記事について触れてみたい。

 終戦直後の朝鮮半島から引き上げた日本人少女の苦難を描いた自伝的小説が今、米国で話題になっている。「竹林ははるか遠く」と題されるこの小説を書いたのは、マサチューセッツ州在住の日系米人、ヨウコ・カワシマ・ワトキンスさん。

 1945年夏、母親と姉の3人で朝鮮半島北部の羅南から釜山までの過酷な逃避行を描いている。当時11歳だったヨウコさんの実体験をもとに、戦争の悲惨さを訴える内容となっているのだ。

 話題と言うか、論議となっているのはこの小説が「教師用のガイドブックで推薦図書に指定されるほど評価が高く、全米の多くの中学校が11、12歳対象の読書教材として使うようになった」(読売新聞12月17日付け朝刊)ことに対し、韓国系米国人や韓国系米国人の父母から「歴史的背景の説明がない」「模写が生々しすぎる」として教材使用の禁止を求める運動を開始したからだ。(読売新聞記事から)

 そうした反発を受けた作者の記者会見場では「なぜ従軍慰安婦の問題を取り上げないのか」といった質問が韓国人記者から相次いだそうだが、11歳少女とその家族の過酷な運命と、体験した戦争の悲惨さを題材にしたことだけが論点で、現在の政府間の対応や対日感情の道具にされてはたまらない。

 韓国人社会での「対日感情」は根が深い。日本が朝鮮半島に対して行ってきた植民地支配の歴史は、戦後60年以上過ぎた今も怨念に近いものを残しているのだろうか。

 しかし、今に戻って過日の世界大会に戻ろう。

 試合後、日本選手団にサインを求める韓国人プレスや日本選手団に記念写真を求める韓国の女性選手団、親しく語らう日韓の審判団、こうした触れ合いも多々見られたのも事実だ。私も韓国プレスのカメラマンと親しくさせてもらった。

 すべてが「厳しい対日感情」という構図では割り切れないものがあるが、国民感情という点で微妙なずれというか、温度差があるのも事実だ。個人的には親しくなれても国家を背負うとなればまた話は別ということか、このダブルスタンダードの考え方は日本人は慣れていない。

 民間レベルではますます韓国や中国、台湾とのつながりが深まり、音楽や映画、ドラマなどさまざまな文化交流が進んでいる。今一度市民レベルでの歴史観の見直しも必要だと思う。是々非々の考えなり主張をすることも大事だ。それは剣道の世界でも同じだ。

 世界の常識の中では、日本の沈黙の美徳は理解されにくいのだ。

 
 

 
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by jdmn | 2007-02-23 16:59 | 独り言
  昨年12月の剣道世界大会で一緒だった千葉の青○さんが、先月結婚された。

 実家の畳屋さんを継ぐため目下修行中だが、剣道大好きな彼は新婚旅行先のマレーシアへなんと防具を持参したのだ。

 いくら剣道が好きでもそこまでやるかって、普通思いますが彼を知る私にとっては充分ありえる話です。

 世界大会観戦中にマレーシアの垂ネームを見つけた彼は、新婚旅行前にインターネットで事前調査を開始しました。

 現地の剣道関連の情報を見つけられなかったのですが、二刀流のことで書き込みをしていたマレーシア人にメールを入れたそうです。

 その結果、彼から彼の先生を紹介され、無事稽古ができるめどをつけることができたのです。

 新婚旅行の詳しい日程は知りませんが、土・日の二日間、夕方からの稽古に参加したそうです。

 マレーシアでは日本企業の駐在社員やその家族、現地マレーシアの子供たち、大人が日本人会の施設を利用して稽古しているそうです。

 道場はその施設の床張りのフロアー、六段の段位を持つ日本人の先生二人と五段のマレーシア人の先生が元に立ち指導されていたそうです。

 稽古は子供たち中心の時間が4時から6時。そのときの参加者は子供たちが約30人、半数近くがマレーシア人の子供たちです。

 大人は6時から8時まででやはり参加者は30人前後で、半数が現地の人です。その実力の程はわかりませんが、一般の大人でも7級という人がいたそうです。どうやら協会の資金集めのために頻繁に、細かく級ごとに昇級審査をしているらしいのです。

 その国の事情は様々、毎月の給料が数万円の国で3,000円の竹刀を使って稽古ってこともあるわけですから。まだまだマレーシア剣道協会も大変なわけです。

 こうして海外のいたるところで剣道の芽が花を咲かせ、世界大会という大舞台に出場するだけの実力をつけていくわけですね。その国の剣道事情に触れながらの新婚旅行は、楽しい思い出となったようです。

 
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by jdmn | 2007-02-18 15:40 | 最新のニュース
 先日、読売新聞の記事のなかで見つけた話題をひとつ。「農業回帰で脳も刺激」の見出しに目がいった。近年、農業や田舎暮らしへの関心が高まっている。NPO法人「ふるさと回帰支援センター」の行った調査によれば(6都府県の住民5万を対象)、4割以上が「田舎暮らし」の希望を持っているという。

 特に団塊の世代の間では、田舎暮らしへの夢を実現したいと考える人が増えているという。「脳も刺激」の見出しの中身はこうだ。「スウェーデンのカロリンスカ研究所などで、75歳以上の776人を6年間追跡した結果、日常的に①体を動かす②頭を使う③社会参加するー高齢者が最も認知症になる率が低かった」と紹介している。

 剣道も同じ。手足、腰を使い、相手の動きを見ながら技をかける、こうした行為は先ほどの体を動かし頭を使うことと同じ。地域の道場や剣友会で稽古することは、一つの人的交流、社会参加でもある。

 こうした記事を見るにつけ、剣道はアンチエイジングの処方箋でもあると思うのだが。
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by jdmn | 2007-02-12 02:38 | 健康