剣道再開組の中年剣士が生活習慣病と戦いながら剣道修行


by jdmn
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改めて自己紹介

プロフィール

 はじめまして、塩田です。昭和28年11月生まれです。

 主に販売促進、マーケティング、特にダイレクトマーケティングやテレマ
ーケティング関連のコンサルティングを中心に仕事をしております。マーケ
ティングや調査、セミナー運営の傍ら本も何冊か書きました。

 パソコンはレポートをまとめるためインターネットでの調べ物や取引先へ
の報告、連絡業務でのメールのやりとりで必要不可欠なものですから、何と
か最低限使える程度まではマニュアル片手にやってきました。

 PCの操作上、何かわからない時に気軽に聞けるスタッフがいても、つま
らないことで理解するまで時間がかかるし、人の2倍3倍の時間をかけようや
くここまできたというのが実感です。

 このブログは剣道と健康をキーワードに、日頃感じたり考えたことを
綴った私の稽古日誌であり、健康日誌でもあります。

 44歳の時、29年ぶりに剣道を始めた理由は、日頃の運動不足の解消だけで
はありませんでした。長年の暴飲暴食がたたり肥満体型に、そればかりか2年
ほど前から糖尿病と診断され、血糖値は高くなるはちょっとした階段の上り
下りでも息苦しくなるは、我ながらこのままではまずいと思ったのです。

病院では運動と食事制限、酒を控えろと指導されるだけ。ならば以前からまた
始めたいと思っていた剣道を選んだのです。

 剣道は年をとってもそれなりに続けられる競技です。構えや足の運び
は背筋、腹筋やアキレス腱を強め、足の動脈からの血流を高め、もちろん心
肺機能を高めるにはもってこいの武道です。

 気・剣・体一致の教えは奥深く、小・中学・高校、大学生から一般までの
有段者に交じり、稽古に励んでおります。

 久しぶりに身に付ける防具は懐かしくもあり、息苦しいものでしたが、今
では道場に毎週1~2回通い、1時間半ほど汗を流しています。
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by jdmn | 2005-06-27 15:40 | プロフィール
 空を見上げればどんよりと曇った梅雨空、雨が降らないだけましかと中年の独り言に、愛犬だけが愛想よく尻尾を振る。我が家へやってきてもう8年目、バーニーズマウンテンドッグというスイス産の大型犬だが、臆病で気が優しい。

 名前は「テン」という。10日(5月)生まれの10、おてんばのてん、奥さんが衝動的につけた名前だが。人見知りすることなく誰でもなついてしまう。めったに吠えないのであまり番犬にはならない。

 ただおもしろいのは、犬嫌いな人や訪問販売にやってくる人にはうなったり吠えたりする。犬好きな人は警戒心がないが、ワケありな人には動物は敏感に感じ取るのだろうか。犬嫌いな人が悪いのではない。苦手なものに近づくと人はぎこちなくなるし、つい犬にとっても不自然な動きに警戒心を抱くのだろう。

 実は、この犬種は大型犬といったが、うちの娘(メス)とはいうもののおばさんだが、7頭生まれた兄弟の中で一番小さかった。偶然この犬種を飼っている方が、「まあバーニーズの割には小型だね」と言われたことがある。悪気があって言ったことではないのだが、ちょっとむっとした。「あたまはいいのですがね」と言ってやった。

 たしかに賢いのだ。これも親ばかだね。

 うちの奥さんが、犬のトレーナーのまね事をして躾けていた。何ができるかといえば、トレーナーが飼い主に指導するようなことは大体やったと思う。おかげで散歩していてもお客が来ても恥ずかしいことはない。

 その場で「待て」といえば、オーケーが出るまで待つし、食事もオーケーが出るまでよだれを出しながらじっと待つ。玄関先でふんずりかえって邪魔なときでも「どきなさい」といえば、さっとどく。

 以前、家族で旅行したときペットホテルに預けたことがある。3日ほど留守をして帰ったときなど、ペットホテルのスタッフから「とてもおとなしくておりこうでした」と感心された。しかし、ところどころ抜け毛があり、円形脱毛症のような症状だった。狭いケージの中にいれられ、小さな犬がキャンキャン吠えているような環境でストレスが生じたのだろう。それ以来、ペットホテルは利用しないことにした。

 今日は、人には従順でちょっと気の弱い愛犬自慢で終わってしまうのか。

 そこでまったく関係ない話をひとつ。

 毎日、テレビや新聞、ネットから様々なニュース、各種情報が入り込んでくる。情報に対する意見や考え方、見解といったものも各種メディアに溢れている。いまさらこんな言い方をする私もかなりおじさん化しているが、日々接する人の言葉や考えに「そうだね」と時折り素直にうなずく自分もきらいではない。

 いい中年が剣道に夢中になって、とか言われながらもブログまで公開しちゃう自分がいる。「見ました」よなんて言われて、気恥ずかしいけどちょっとうれしい。お金にはならないけど楽しい。

 仕事サボって稽古してんのって言われそうだけど、別にサボっているわけでなない。私は24時間、365日間が仕事モードにはいっている。大げさな言い方、というより言い訳だけど、好きでやっている仕事なので、オン・オフの切り替えをきちんとしていないかも。休日も仕事のレポートを書いたり、資料作りをしたりすることはしょっちゅう。

 家族は朝早く出かけて、夜遅く帰ってくると「お疲れ様」と声をかけてくれるが、自宅で報告書などを書いていると、あまり同情されない。一応事務所があるのだから気持ちを切り替えてそこで仕事をすればいいのだが、ついつい出かけるのが遅くなる。

 a0013870_15143743.jpg午前中ママさん達が稽古しているときなど、つい「今日は午後から仕事」と勝手に予定を組んでしまう。そのいい加減さを奥さんに見抜かれているものだから、呆れられてしまう。

 最近「そうだよね」とうなづいたこと、あったよあった。

 スタジオジブリの代表でプロデューサーの鈴木敏夫さんがインタビューで答えていた。
「あんまり先のこと考えないことですね。目の前の仕事、今いる場所で何をやったら面白くなるかを考える。それが一番だと思うな」
 
 そうです。楽しくなること見つけましょう。仕事でも趣味でも楽しく一生懸命になれる時間を持てることっていいよね。

 
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by jdmn | 2005-06-25 15:17 | 独り言

 剣道日本7月号の表紙を飾っておられた久保木文夫氏(教士八段)が、同誌でご自分の稽古について語っておられました。

「屋外で行う素振りは千本を目標に、雨の日には屋内で正座をして、5、6百本を目標に行います。以前と違い太刀力や筋力をつけることだけが目的ではないので、普段使う竹刀を用いています」
 
 日頃からのたゆまぬ精進には敬服します。私もこの百分の一ほどの努力があれば、もう少し自分の剣道も成長していたでしょう。本質的な剣道観が違うのでしょうが、私と比較しては久保木先生に失礼ですよね。それはそれとして、中年剣士とはいえど恥ずかしくない稽古ができるよう肉体的、精神的な稽古を積んでいくことが大事です。それが楽しい剣道につながることだと思います。反省しきりです。

先日、私ども支部の月例稽古会に、嬉しいゲストがやってきました。7月18日、武道館で開かれる「全日本家庭婦人剣道大会」へ出場する埼玉県代表選手の方々です。総監督の神山先生(八段)、監督の今濱七段以下5人の選手の方が私たちとともに、稽古に参加していただきました。

 稽古の中で基本技に対するお話も大変勉強になりましたが、神山先生をはじめ、ともに参加された高段者の先生方の稽古を拝見させていただいたことで、あらためて自分の稽古での新たな課題も数多くいただいた気がします。

 
 ずいぶん前の剣道日本で拝見した記事ですが、松原輝幸氏(範士八段・掲載当時)が、ご自分の得意技である面の打ち方について語っておられました。

 同氏は「普段の稽古では、面が打てれば小手も胴もおのずから打てる。基本技の稽古では、面技を中心とした稽古をしています」と。

 その松原氏の面打ちは刺し面の対極にある、大きく振りかぶってから打つ面です。大きく振りかぶれば、その間に相手には面を打ってくるのが見え、相手が防御に回ると考えるのが一般的です。なぜ、そうした面打ちを決められるのだろうか。

 「振り上げるときは相手にアッと思わせるよう、剣先で攻め圧しながら振りかぶる。振りかぶる動作そのものが攻めにつながっていないといけません。そうでないと気持ちと体が連動しないのですから。そこで相手には一瞬ですが虚が生まれます。そのときに早く打てばいいのですから、打つ直前まではゆっくりでいいんです。ただ、その一瞬をとらえるためには、正しい構え、足さばきで気持ちを充分にしないといけないのです」(掲載記事から)

 その場合、攻め合いでは相手の中心線をいかに自分の中心線からはずすかが、大切であるといっています。しかし、あまり相手の竹刀を押さえすぎると、自分が打つためにいったん竹刀を起こさないと打てません。これでは攻めと打突が連動しません。押さえるのではなく、足と竹刀の鎬を利用して攻め入ることを心がけるというわけです。

 私も日頃の稽古でもこれに似た経験をよくします。なるほど、ご高齢の高段者の先生と稽古をお願いしたときなど、面とわかっていてもいとも簡単に打たれてしまう。居ついてしまっている。あるいは引き出されて、打とうとした一瞬出会いがしらに面を打たれたり、小手を打たれる。

 それが高段者の高段者たるゆえんでしょうが。

 私のような50を過ぎた中年剣士が、若い人のように遠間から踏み込んで打つことはできない。それでも思い切り飛んで打とうとする。最近まで、自分もこの傾向がありました。若いときのイメージあって、どうしても自分の間合いが遠くになりがちです。「これでは届かない」と、剣先を重ねたまま躊躇していると、逆に相手に乗られ攻められてしまいます。これが私の悪いパターンでした。

 いつでも打てるようにと、あまり足幅を広く構えていると、腰が残りやすいので少し狭くした構えをとってみました。今度は近くまで足をついでいけばと修正しています。

 そんな迷いの中での今回の稽古会や松原先生の掲載記事は勉強になりました。体力的に迷いを吹き飛ばすほどの猛稽古は無理でも考えた稽古、考える稽古はできます。今の経験がこの先10年、20年続けられる剣道の元になるのだと実感しています。

 小さいころからの稽古が身についていないリバイバル中年剣士は、身体能力がついていかない分を理屈で何とか理解して、適応させていくしかありません。その意味では充分な稽古が大事ですが、やはり見取り稽古も大切だと、改めて感じました。

 
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by jdmn | 2005-06-19 17:56 | 稽古日誌