剣道再開組の中年剣士が生活習慣病と戦いながら剣道修行


by jdmn
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 いつか見たテレビ番組でのことです。所ジョージさんのためしてガッテンみたいな番組で、タイトルは忘れました。ネットで情報検索していたらこんな記事が紹介されていました。私自身どこかですでに書いているかも知れませんが紹介します。

 「おなじみ科学の素浪人、矢野左衛門。武士ということで、剣の腕には自信が有ります。そこで剣道場に道場破りに入りました。現われた矢野左衛門の相手は小学5年生。ところが立て続けに2本取られ、矢野左衛門は全く歯が立たなかったのです。小学2年生を相手にしても同じ。1本も取れずじまい。無、無念…。」小学生を倒すべく矢野左衛門の科学的修業が始まりました。

 「矢野左衛門は、警視庁名誉師範であり、剣道の最高位八段を有する佐藤博信範士のもとに入門しました。早速面を打ってみたところ、佐藤八段曰く「音が悪い」。そこで矢野さんと佐藤八段の面を打った時の腕の筋肉の動きを筋電計で比較しました。すると、矢野左衛門がずっと筋肉が緊張しているのに対し、佐藤八段は打つ瞬間にだけ力が入っていたのです。衝撃力を測定してみると、矢野左衛門が223kg重なのに対して、佐藤八段は316kg重。力を瞬間的に入れた方が高かったのです」

 「コツは太鼓にありと佐藤八段に言われた矢野左衛門は、さっそく和太鼓一筋40年の名人のもとへ。この名人に面を叩いてもらうと、なんと衝撃力は314kg重!佐藤八段と同じだったのです。太鼓もまた、打つ瞬間にだけ力を入れるのでした。ずっと筋肉に力が入っていると、打つのに不必要な筋肉にも力が入り、打つ動作の邪魔をしてしまうのです。打つ瞬間にだけ力を入れると、不必要な筋肉には力が入らず、大きな力を出すことが出来るのです」

剣道も太鼓も、軽く握り、打つ瞬間にだけ力を入れるのが良い打撃を生むコツ!

 「打ち方が様になってきた矢野左衛門。しかし、どうも動きがぎこちないのです。すると佐藤八段いわく「社交ダンスに学べ!」。そこで矢野左衛門はダンススクールを訪ねました。ダンスの極意を達人に聞くと「腰が上下しないこと」だと言います。そこで佐藤八段、矢野左衛門それぞれの腰にライトを装着し踏み込み動作の時の動きを見てみました。矢野左衛門は腰が上下に動いてしまうのに対し、佐藤八段はほとんど上下せず水平に動いていました。身体の上下動が少ないほど最短距離で移動できるので、すばやい踏み込みにつながるのです」

 「和太鼓と社交ダンスという変則的な強化法で、だんだん様になってきた矢野左衛門。しかし佐藤八段に戦いを挑んでも、スイスイよけられてしまい、まったく打ち込むことが出来ません。実は剣道でもう一つ大切なのは、相手の動きから技を読み取る“見切り”が出来ること。相手が、面、胴、コテのどの技で攻めてくるのかは、振り上げた時の竹刀の高さや角度でわかります。しかしその動きは瞬時の出来事。佐藤八段は一瞬にしてそれらの動きを見極めていたのです」

 頭で理解していてもなかなかできないのが現実です。私はこの文章を読んであらためて感じたのは「相手の動きから技を読み取る見切りができること」の部分です。その見極めができてこその高段者なんですね。「一眼二足三胆四力」(書き方これでいいのでしょうか)の言葉にもあるように、対する相手を前にして一番大切なことはまずは目の付け方、視線の置所という理由もこのあたりにあるからですね。

shiota@kokyaku-info.net
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by jdmn | 2005-02-27 17:44 | 稽古日誌
日頃ご指導いただいている私の先生(七段)の中に、30を過ぎて本格的に剣道を始め他方もいる。ずいぶん前に警視庁を退職され、剣連支部の役職も退かれたが地域の剣友会や道場の指導をされている。Y先生としよう。先生は、心臓に持病を持って先ごろペースメーカーを入れた。それでもお元気に我々の稽古を見てくれる。30を過ぎてから始めたという経験は、私のように本格的な稽古が40を過ぎてからというものには、かけがえのない存在である。そのY先生が稽古中に言われた言葉「四段以上、とくに中高年者の稽古は気攻めの稽古ですよ。何でもかんでもただ打ち込む剣道は若い人にまかせなさい」「打てるときに打てればそれでいい。気で攻める、引き出す、打ってきたら応じて出せる技があればいい」
 それができない若輩ものですが、ついつい応じるつもりが受けてしまう。間に合わず、中途半端な応じ技になってしまう。そんな私たちを見かねて、「打ってくるのを待っているから間に会わない。攻める気持ちがなければいけません。絶えず気持ちが攻めていれば、起こりを捉えることができる。打ってきた時応じていては間にあわないのは当たり前、剣道はいかに起こりを捉えるかです」「打ち合う中で相手を崩して打つのもいいが、立ち会いでの気攻めの勝負で負けていてはだめです」
 私たち中年剣士にはこうした話しが実に心地良く聞こえてきます。体力、筋力など総合的に若い人の身体能力には勝てません。しかし、逆に若い人がそれだけで高齢といえども高段者には勝てません。剣道の奥の深さについて語るには、私のような若輩者にはまだまだ時間がかかりそうですが、毎回稽古の中で一つでも気付きや発見があるうちは、おじさん剣士といえども「進化の証」である。
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by jdmn | 2005-02-26 15:00 | 稽古日誌
 久しぶりの原稿です。書きたいネタは山ほどあるのですが、ストックが溜まる割には消化できず購読者の皆様に呆れられております。先日も同じ道場に通う熱心な剣道青年江添君に「早く書いてくださいよ」と催促される始末。ブログのいいところは日記風に毎日書きためても書き手の都合であとでキーワード別や関連情報、写真など整理できるところでね。わかっているのですが、そのあたりがまだ自分なりに消化できていないところです。同じブログなのに何故こんなにホームページのように情報が整理され、検索しやすくなっているのだろうと、感心するページも多いですね。このブログの編集には、まだまだ時間がかかりそうです。いま少し時間を下さい。

 ところで前回から約ひと月、ご無沙汰していた間のトピックスは、これと言ってあるわけではないのですが、今年はいくつか資格試験に挑戦しようと通信講座を申し込みました。毎年考えていたことですが、ついつい準備が整わず先送り状態でした。ここで恥ずかしながら公開してしまいましたので、その結果については試験後にご報告します。試験は10月とまだ時間がありますが、合格率は2.6%、まず無理でしょう。剣道で言うなら八段昇段試験、実際は八段昇段のほうが難しいと思いますが。何の資格かは次の機会にでもご報告します。

 生活の中で、自分のスタイルを持っている人はすごいですね。どんな小さな習慣でもまたは趣味やこだわりを自分の生活に大事に取り入れていく。それがその人の個性、生き方と、まわりからも見られるようになる。そういうものが一つ人に言えるものがあるだけで余裕が感じられます。とくに年を重ねていくとそれがその人の魅力であり、ときには信頼となるものです。人生の中のメリハリは、ひとそれぞれあるでしょう。人には言えずじっと自分の胸に留め置くべきものかもしれませんが、そんなことをついつい考えてしまうのは歳のせいでしょうか。

 そんな自分も稽古では、少しでもかたちのきれいな剣道をしていきたい、まっすぐ打ち切る面で勝負したいと励んでいるつもりです。それにしても幼い頃から竹刀を握っている青年諸氏は手首の柔らかさと、そして手首の返しの早さ、強さがありますね。肩に力が入っていないのでそれが打ちの早さにつながり、応じ技の対応の早さにつながるのでしょうか、うらやましいですね。口では感心していますが、稽古では負けていられません。中年剣士の意地もあります。せめて剣先のしのぎあい、気合で攻めていきます。打たれても納得の気構えで面を取りにいきます。
 そうした稽古の中でやはり感心させられるのは、指導いただいている先生方のアドバイスです。すべては理合いに通じる話ですが、勉強になります。私のような中年になってから本格的な稽古を積んでいるものは、まず理屈で納得してからそれを体になじませる稽古を積み上げていくのも一つの方法だと思います。その意味でも見取り稽古は貴重です。段の上の方の稽古を見て、動きの中での技の組み立てや攻めのかたち、崩し方などできるだけ自分の稽古でまねてみます。イメージだけでは自分のものにはなりませんが、少しでも出来れば体が理解し、反応したといえます。実際はそんなにうまくいくわけはありませんが。聞いて学ぶのは当たり前です。聞こえは悪いのですが人のいいところは遠慮なく盗む、使わしてもらう、このぐらいの気持ちで稽古に臨んでいくことは大事だと思います。

shiota@kokyaku-info.net
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by jdmn | 2005-02-20 15:12 | 稽古日誌