剣道再開組の中年剣士が生活習慣病と戦いながら剣道修行


by jdmn
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カテゴリ:独り言( 30 )

 先週土曜日に私たちの道場へ稽古に来てくれたのは、剣道世界大会でごいっしょした2家族の小学生剣士3人でした。日頃、北区王子の道場で稽古されている彼らは素晴らしく元気な稽古振りで、当道場の子供たちにとってもいい刺激となりました。

 そんな彼らの親御さんからのお土産が、江戸最後の地酒「丸真正宗」でした。北区赤羽の岩淵にある小山酒造が造っているお酒です。23区内で唯一の酒蔵と言われております。東京都下には、まだ酒蔵はあるようですが、都内ではここだけです。

 130年の歴史を誇る小山酒造ですが、酒造りにはなかなか苦労されているようで、後裔者の育成が大変ということらしい。あえて香りを抑えた酵母を使うなど、作り方に酒蔵もとの工夫と苦労があるようです。「いくら経験者でも3年くらいかけてやっとうちの味が出せるようになる」と。小山社長。

 酒と言えば水、肝心の水は地下1,300メートルから湧き出て豊富で、水に困ることはないそうです。4代目の小山社長はなかなかのアイデアマンで、20種類あるお酒以外に最近は発泡酒に挑戦したといいます。

 実はこの話、今日お昼のラジオの放送で聞いた話です。ゲストになぜか小山社長が出ておりました。あの「丸真正宗」の話をしていると、聞いて思わずメモを取りました。発泡酒をぜひ飲んで見たいと思います。

 明日、赤羽へ行って買ってくるかな。
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by jdmn | 2007-01-24 23:54 | 独り言
  21日に出直し宮崎知事選の結果が出た。そのまんま東氏が圧勝である。投票終了から何と3分で当確が出た。ある新聞は「瞬殺だった」と報じた。民主、社民両党や連合に加え、自民県連の一部からも支持を集めた元林野庁長官川村秀三郎氏に約70,000票差をつけた。自民、公明両党の推薦を受けた元経済産業省課長持永哲志氏には145,982票差、ダブルスコア以上の大差である。この選挙にはたいへん興味を持って見守っていたので、同氏の勝利は予想していたものの、この大差には驚きだ。

 新聞各社は、抜群の知名度を生かしたそのまんま東氏のしがらみのなさをアピールし、県内各地で無派層や幅広い年代に浸透したのが効を奏したと分析。実は具体的に言えば彼は官製談合に関係した職員の懲罰強化や内部通報制度の整備など入札制度改革を主張している。さらにはロケ地誘致、観光客誘致などわかりやすい政策を取り入れての財源捻出「単年度350億円捻出」など数値目標を盛り込んでの公約など、政策論争もリードしていたのだ。

 各政党は宮崎県民の官僚や政治家に対するウンザリ感をわかっていなかった。宮崎県都城市出身のそのまんま東氏が「宮崎を変えんといかん」と宮崎弁で演説するその姿は、タレントそのまんま東ではない。芸能人や著名人らの応援に頼ることなく、県内をくまなく回り、握手を繰り返す徹底した草の根選挙を展開した。この姿に宮崎県民は「この男はまじめで誠実だ」と意気に感じたのだ。

 他の候補者からも「芸能人やタレントが応援に来てくれたら、しょせんタレント候補というイメージになったのに」の本音も聞かれたという。確かに仮にタレント仲間が大挙して応援にきたらマスコミ、それも芸能担当者が押し寄せ本来の選挙戦の争点が、あらぬ方向へ行ってしまったろう。

 マスコミは地味な選挙戦に徹し、ひたすら走る同氏の選挙戦を見て泡沫候補と評した。保守分裂が要因としたマスコミの分析は、そのまんま東氏の本気度、情熱、集中力を知らない。彼は専修大学経済学部を卒業後、ビートたけしの一番弟子になり、たけし軍団のリーダー的存在だった。その間、タレント家業の傍ら脚本や小説の執筆にその才能を見せている。その一方でフライディー襲撃事件、16歳少女と関係を持ったということでの児童福祉法違反や後輩タレントへの傷害容疑で書類送検など、スキャンダルが多いのも確かだ。謹慎中に早稲田大学第2文学部への合格、2004年には同大政経学部政治学科へ再入学し、地方自治を専攻していた。この集中力、忍耐力、根性はそのへんの2世議員にはまねができない。

 当選を決めた彼が記者団に「宮崎県の夜明けの第一歩だ。重責をひしひしと感じている。これから私の真価が問われる」と語っていたが、まさにそのとおり。彼のブレーンがどの程度脇を固めているのかわからないが、彼のリーダーシップが忌憚なく発揮されることを大いに期待したいものだ。
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by jdmn | 2007-01-22 11:07 | 独り言
 おそまきながら新年のご挨拶から。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。あっという間に10日です。今年に入ってから3日の稽古始、先週土曜日からは通常の稽古日となり、もう正月気分はぬけましたが、皆さんはいかがお過ごしですか。

 稽古仲間の多くが今年、昇段審査を控えており、いっそう稽古に熱が入っております。六段、五段となれば今まで以上に厳しい審査内容が課せられるわけですが、それは承知の上でこれまで稽古に励んできたわけです。それでも審査に残念ながら落ちる人も出てくるのです。各自が昇段審査を控え、自らの課題を念頭に稽古に打ち込んでいます。いい結果を出したいものです。

 6日付け読売朝刊・投稿欄「気流」から

 当日「気流」のテーマは「今年にかける」でありました。何気なく目を通しておりましたら、「剣道具かついで東北へひとり旅」の題字に目がいきました。
 「新年の夢は、剣道具を肩に東北地方へ一人旅に出かけることである。中学教諭を退職して9年。以前から心に温めてきており、満を持しての旅になる。・・・・・・」

 投稿の御仁は福岡の小森さん、68歳である。素晴らしいではありませんか。本当に剣道が好きなんだね。「・・・・・・剣道を学んで60年。旅を通じ、自分の剣道が剣の理法の修練の集大成となっているかどうか確かめられれば、うれしいと思う。」と結んでいる。

 53歳の私がこれから何年稽古ができるだろうか、思わず考えてしまった。いやいや弱気は厳禁。まずは体力作り、健康管理です。そう考えるとまだまだ反省することは多い。飲みすぎ食べすぎ、メタボ対策不十分であります。今年も課題の多い年になりそうだ。

 今年はさらに「打ち込み」「かかり稽古」に時間をかけ、気を練る稽古につなげたいと思います。それと当サイトの「ほぼ毎日更新」を早く達成したいですね。一応目標に上げているのですが。

 

 
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by jdmn | 2007-01-10 14:38 | 独り言
 

 11月14日付け読売新聞朝刊一面のコラム「編集手帳」を読んだ。世の中の大人、親の心情そのものだと思う。以下にそのまま紹介しよう。

「いっそ/大きく凹(へこ)もう/いつか/多くを満たす/器になるのだ」◆草壁焔太(えんた)編「五行歌秀歌集1」(市井社)に収められた一首である。器を満たすものは涙かも知れない。涙の容器になることなど誰しも望みはしないが、凹みを知らない人間に比べてどれほど魅力的か◆一片の詩句を知ることで、気の持ちようで、死を決意させるほどの苦しみが薄らぐとは思わない。

 自分を励ますことに疲れ、いまこの瞬間にも力尽きそうな子供たちのひと粒の糧になればと、藁(わら)にもすがりつく心境でここに引いた◆人を自殺に追いやるほどのいじめは、ほとんど犯罪である。告発するのは少しも恥ずかしいことではない。

 凹みも深ければ器が割れる。割れる前に、涙の湖を語ってほしい◆もう1本の藁にすがる。「いじめっこが/いじめられっ子に/ひらあやまり/三十年ぶりの/同窓会」(清美)。昔よりも陰湿で残忍ないまのいじめにはそのまま通用しないとしても、「歳月」がいかなる魔法を演じるかは生きつづけてみなければ分からない◆30年とは言わず、3年、いや1年、心の凹みを打ち明け、声を発して生きてごらんなさい。あの時、死ななくてよかったと思う瞬間が必ず訪れる。約束しよう。だからいま、死んではいけない。
(読売新聞編集手帳から)

 私の遠い記憶の片隅に、今でも忘れられない衝撃的な光景がある。小学4年生のときだった。当時クラスで無口でおとなしい女子生徒がいた。同じクラスだが口を聞いたことがなかった。

 ある日の昼休み時間、その女子生徒の父親が突然教室に怒鳴り込んできたのだ。

 「娘をいじめるな」誰を指すでもなく、その視線は教室に居合わせた生徒すべてに向けられていた。

 私たちが唖然としている中、その女子生徒は「もういいからやめて」と泣きながら父親にすがりついていた。

 子供心に「別にいじめていないのに」という思いがあった。しかし、その女子生徒は悩んでいた。寂しかったのだ。クラスから無視されている自分が悲しかったのだ。

 昭和37年、東京オリンピック前のその頃の日本はやたら子供の数が多かった。一クラス50人、学年5クラス、7クラスなんてざらである。

 話したことも遊んだこともない同級生がいても不思議ではなかった。それでも狭い教室という小さな社会の中で無視され、行き場がないことに悩んでいた彼女の気持ちを察することができなかったのだ。

 子供たちの言動はときとして残酷である。無意識に交わす言葉や行動でひとの気持ちを傷つけることはよくあることだ。その対象が同じ子供であったり大人であったり、教師であったりする。

 かといって無関心でいるわけにはいかない。親がことさら承知しておかなければならないのは、子供は親や他の大人、社会を見て学習し、育つのである。

 親の「放棄」「無関心」「甘やかし」「依存」は罪作りである。子供の不始末の要因はたいていが親の責任である。

 私は父親の仕事の関係で、その学校にはわずか2年しかいなかったが、その女子生徒の名前はいまだに覚えている。教室に怒鳴り込んできた父親を必死で止める彼女の姿は今でも忘れることは出来ない。

 あれから何十年、仮に同窓会でもあればきっと「あのときの君の親父は怖かったね」と笑いながら話が出来るだろうか。
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by jdmn | 2006-11-16 03:43 | 独り言
  東京都教育委員会は7月27日、都立高校の部活動活性化のため「教育活動の一環」と位置づけ、管理運営規則を改正しました。これは現行の学習指導要領に部活動の規定がなく、ボランティア扱いで忙しい運動部の顧問などは敬遠されがちだったことを受け、教員の部活指導を「勤務」と位置付けようというものです。

 施行は来年4月1日からです。今後は人員確保が問題となるでしょうが、これも顧問の対象を養護教諭や嘱託教員へ広げていく考えといいます。

 とくに技術指導が必要になる運動部などは、地域の経験者や指導資格を持つボランティアの支援も視野に入れ、今後の部活動の在り方を検討すべきでしょうね。

 こういっては何ですが、私も含めリタイア後の生きがいや地域との共生といったことに前向きな中高年層も増えていきます。邪魔にならない程度にお手伝いできるならいいのではないでしょうか。

 かつて放課後の部活動が当たり前の時代とは、違います。知人の現役教員がこんな本音を明かしてくれました。「ボランティアですよ。学校からの評価があるわけでもないし、保護者からは責任を問われることはあっても感謝されることはあまりない」とぼやいていました。

 なるほど、これでは顧問のなり手がないのも当然かもしれませんが、私は違った感想をもちました。

 申し訳ない言い方ですが、この先生は最初から部活の顧問をする気持ちがなかったのではないでしょうか。一生懸命部活に参加する子供たちにどのように接していくか考えたとき、おのずと軸足が子供たちに向いているのが当たり前。

 学校や保護者の目を絶えずうかがうようなこの先生では、指導の仕方もきっとぶれてきます。ちょっといい過ぎかな。

 先日、高校野球夏の大会予選が各地で行われ、埼玉でも連日熱い試合が続きましたね。
 最後の最後、決勝戦まで勝ち残ったのは強豪浦和学院と県立鷲宮高校でした。健闘むなしく惜しくも鷲宮高校は決勝で負けてしまいましたが、同校を応援する声はひときわ大きかったように思いました。同校は春季県大会で初優勝を飾り、注目されていただけに残念でしたね。

 同校の開校(1978年)と同時に創部された野球部でしたが、創部3年後には夏の埼玉大会でベスト8入りしたといいますから、当時の監督さんの努力と指導力、そして情熱のたまものでしょう。

 創部当時は、町立高校みたいなもの。町が施設、物資、ひとにいたるすべてにおいてバックアップしてきたと言います。それだけに初の甲子園にかける町の意気込みが感じられたのです。

 今後、中・高校の部活動についての在り方が問われる中、学校と教職員、生徒、その保護者と地域の相互の理解とコミュニケーションが必要不可欠です。

 部活で汗を流す生徒の声が響き渡る学校の放課後が懐かしい。

 
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by jdmn | 2006-08-09 15:22 | 独り言
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  長野県南信州に行ってきました。先月31日から2泊3日の旅でした。長野にいる30年来の友人と仕事の打ち合わせを兼ねた訪問となり、一足早い夏休みといったところでしょうか。

 最初の目的地は下伊那郡高森町、飯田市に隣接するのどかな町です。新宿西口から高速バス飯田行きで3時間半、飯田の手前の高森で下車。彼の住まいは停留所からわずか数分のところにあります。

 途中に双葉サービスエリアで休憩タイムがあり、初めての高速バス体験は快適でした。到着後、挨拶も早々に彼の車で南信州の秘境「大鹿村」にある小渋(こしぶ)温泉に行きました。

 7月最後の夜は山里の一件宿「赤石荘」で山の幸と露天風呂を楽しました。遠く山並みを眺めながらの露天風呂は最高ですね。

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by jdmn | 2006-08-03 01:17 | 独り言
 風もない冷房もないじっとりした梅雨時の稽古はきついですね。たっぷりと水分補給しながら稽古に臨んでおります。

 私ら中高年組は、無理をせず面を外し一息入れながらの稽古です。以前、競技中の死亡率が高い競技に剣道があるという話を聞いたことがあります。情けないことにまじに心配しております。

 ご高齢の先生の中には、どんなに辛くても弱音を吐かずつい無理をしがちです。稽古中に何度も面を外すことを潔しよしとしないのでしょうか。

 先日開かれた支部の講習会後の稽古会でも元に立った七段以上の先生方は、約1時間のあいだ一度も面を取ることなく指導に当たっておられた。

 強靭な肉体と精神力に頭が下がる思いだが、と同時に自らの軟弱ぶりに言葉もない。トホホである。夏場の稽古はキツイ。

 さて、そんな私らを尻目に果敢に稽古を繰り返す方もいる。昇段試験を目前に控えた方々である。ただ熱心なだけではない。その方の人生そのもの、剣道を中心とした生活となっているのだろう。

 ただ気になることもある。私ごときに六段、七段を目指す先生方の剣道について語る言葉はないが、年の功で見えることもある。

 一生懸命稽古に打ち込むことは大切なことだが、稽古の相手によって自分の剣道が変わる方、勝ちにこだわる方がいる。

 稽古を見ていただいている先生が、よく言います。攻めて相手を引き出し、出ばなを捉えたメンなりコテはいいが、相手の攻めを単に待って打ち返す出コテなど何の工夫もないと怒られます。

 まさにそのとおりです。私ならまだしも六段以上目指す方の場合、やはり物足りないと言えるのでしょう。相手より早く打てて、相手の技を交わしながら手数多く打つなら学生の剣道部の諸君といっしょ。

 求めるものが違うということの自覚が必要です。というより一生懸命になると我をなくしてしまうのでしょうか。そんな風に見えてくる稽古振りです。例えば攻めて面に乗るというより、相手の攻めに対してコテで処理してしまう。それがたやすくできる技を持っているのですが、言葉を変えれば「待ち剣」となってしまうのではないでしょうか。

 私などの立場で言うことではないのを承知であえて言います。六段以上の昇段試験は単に技術的なことを求めているのではないと思います。

 では何か、それについての言葉は今の私は持っていません。

 自分を棚に上げて、人の稽古振りはいろいろなことがいえます。仮に私が何か言えばどうでしょう。

 「私より段の低いあなたに言われたくない」と顔を真っ赤にして怒るか、「そうか、まだまだ修行が足りんな。また気がついたら教えてください」と、指摘されたことに素直に反省するか。

 まず、私が何か言う場面はありえませんが、人の感情は素直に出ます。そのときの気持ちがその方の剣道の形でもあると思います。

 ずいぶんエラそうなことを言ってしまいました。言いすぎでした。でも書いてしまったことは多少言葉足らずであってもあながち間違ってもいないでしょう。
 
 
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by jdmn | 2006-07-27 00:21 | 独り言
 今年は3年に一度の世界剣道大会が開催される年です。今回の主催地は台湾、第13回世界剣道選手権大会が12月に開かれます。

 欧米や南米では気楽に行ってみようかという気にはなかなかなりませんが、今回は台湾です。結構近いですよね。行かれる方も結構多いのではないでしょうか。

 第1回大阪大会では17の国と地域、参加者は100名程度でしたが、現在では38の国と地域から数百名の参加者が技を競っています。

 国際剣道連盟のイベントは12月6日から11日までありますが、肝心の試合は8日から10日までの3日間です。

 8日はオープニングセレモニーと女子団体戦、女子個人戦が行われます。翌9日は男子個人戦、10日が男子団体戦となっております。

 実は私、今回現地での観戦を予定しております。7日~11日までの4泊5日か3泊4日で計画しております。

 参加希望される方いましたらどうぞご連絡ください。台湾剣道ツアーでご一緒しませんか。今、ホテルや現地での移動などを含め、調べております。

 開催会場となる台湾大学は日本で言うなら東大と同じ名門大学、観光名所のひとつにもなるほど趣のあるキャンパスだそうです。会場の総合体育館は5,000人収容が可能だそうです。

 詳しい情報は整理次第にまたの機会にお知らせしたいと思います。

 関心のある方は塩田までメールshio13@nifty.comをいただければ、お知らせします。
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by jdmn | 2006-07-15 12:54 | 独り言
 剣道における左足は軸足として重要ですね。日頃の稽古でもたえず左足を意識して構えます。

 柔道でも軸足としての左足は重要です。実は高校時代は講道館で柔道を習っておりました。わずか3年ですが、友人に誘われて通った経験があります。

 相手の袖口と襟首をいかに効果的につかんで、技を仕掛けるか。引き手と軸足となる左足の送りが絶妙なタイミングで相手のバランスを崩すわけです。

 柔道の軸足で思い出すのが山下選手です。

  私とほぼ同世代の柔道家で山下泰裕さんの話をします。彼は今から22年前の1984年ロサンゼルスオリンピックで、金メダルを獲得した国民的英雄です。

 同大会無差別級の準決勝で痛めた足をかばいながら決勝戦に臨みました。肉離れを起こした右足を引きずりながら、畳の上に立つ彼の悲壮な顔は今も忘れられません。

 決勝の対戦相手はエジプトのモハメド・アシュラン選手、結果は山下選手の勝利に終わったのですが、アシュラン選手が山下選手の痛めた右足を狙わなかったことから、そのフェアープレーの精神を称えられたのは、有名な話でした。

 マスコミはこぞってこの話を取り上げました。オリンピックに相応しい話でもあったわけです。

 その一方でこんな話も当然出ました。

 柔道の場合も軸足は左、左足の踏ん張りがなければ技はかけられない。たとえ山下選手の痛めた右足が狙われても軸足の左足がしっかりしていれば、体勢は安定させられる。

 ラシュワン選手は当然、痛めた右足のために動きが鈍くなった山下選手の軸足である左足を攻める。痛めた右足ではあの大きな身体を支えることは難しい。そこに勝機を見出そうとしたのだ。

 武道家としては順当な攻めだったという話です。

 本当はどうだったのか、真意のほどはわかりません。ラシュワン選手にすれば本当にやりにくい相手であり、状況であったことは確かでしょうね。

 剣道の場合、山下選手のように肉離れを起こしてしまったら、到底勝負にはなりません。

 そんな状態では気剣体一致の打突が不可能になるわけですからね。
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by jdmn | 2006-06-24 06:09 | 独り言

 先日、中学時代の友人たちと昔話しをしているなかで、こんな話が出ました。

 成績がクラスで1、2番の友人の話です。彼は成績優秀でしたが、普段さほど勉強をしているような姿は見かけませんでした。高校を卒業後、大学へ進学せず就職しました。

 「記憶力がいいのかな。ぜんぜん勉強しなくても試験の結果が良かった」
 彼自身の言葉です。

 クラブはソフトボール部。
 「反射神経は今でも若いやつにも負けないくらいだ」と、自慢は続きます。

 しかし、高校では運動部には所属せず卒業以来、趣味で何かスポーツをやっているわけでもないのです。

 本人も何故なのかわからないと、首を傾げていました。

 ふと思いました。脳の働きに関係するのかな。

 筋肉が勝手に反応するわけではありません。脳から指示が出て神経が刺激を受け、はじめて筋肉が動くのです。彼は50過ぎの頭の薄い中年のおっさんです。鍛え上げた筋肉なんてどこを探しても微塵もありません。

 人並みはずれた神経ネットワークが彼の脳にはあるのでしょうか。

 専門家ではないので話はそこまでです。

 脳の仕組みは不思議です。

 人間は学習することで、成長します。明星大学の教授でスポーツ動作を研究テーマにしている今福一寿さん(教士七段)が、自著で語っています。

「私たちの脳は仮説立証型です。明確な仮説(目標や答え)がある場合、脳は活性化し神経回路を効率良くつくります。剣道の上達も仮説を立証していく行為」だと。

 ここでの仮説が、まさにうまくなるためのコツだというのです。

 私の話で恐縮ですが、私自身、50過ぎの中年です。本格的に剣道を始めたのも44歳からです。まさにブログのタイトルどおりです。

 小さなころから剣道やってこられた方とは違います。剣道に関する蓄積がありません。並外れた身体能力があるわけではありません。

 その分どこで補うかです。

 私の場合、剣道における基本動作やワザの技術的根拠を、できるだけ具体的な言葉で理解するよう心がけています。理想とする打突のイメージを思い描き、テーマを持って稽古に臨むようにしています。

 すいません、カッコウの良いことを言って別に自慢しているわけではありません。

 よく子供たちに「できるまで何回でも稽古しなさい」という方がいます。確かにそのとおりです。繰り返し稽古をすることで上達するのですから。

 しかし、なぜできないのかどうすればうまくできるようになるのか具体的指導、具体的コミュニケーションがなければ意味のない反復運動です。

 それをどこまで子供の目線に立って指導できるかで、子供の成長や上達振りが変わるのでしょうね。以前剣道の強豪校でもないのに、短期間で優勝させた顧問の先生の話を聞いたことがありました。

 これも単に猛稽古の結果ではなく、合理的かつ理論的稽古をした結果だと思えるのですが。

 基本的には私たちの日々の稽古でも同じだと思います。

 剣道のすべての動作に合理的な理由、裏付けがあります。何年も稽古を積んで身体が覚えるといいますが、脳が様々な経験値を学習し、検証していくわけです。自分が自覚するしないに関わらず、脳は絶えずその繰り返しです。

 健康な身体作りとは別に、健康な脳作りがあるのでしょう。情報という刺激を受け、学習し、成長します。


 ならばその思考なり、仮説をいかに早く自覚させるかで上達期間の短縮になると思います。その前提となるのが情報です。脳にどのような情報を与えるかだと思います。

 本で読んだ知識、稽古で学んだ先生方からの教え、試合での経験など様々な情報が必要です。

 うまく胴が打てないのには、打てない理由があるのです。うまく打てる人には打てる動作の裏付けがあるのです。

 「稽古は理屈ではない、とにかく打て」といわれそうですが、子供たちと違って私たちの稽古には、とくにそれが必要だと思うのです。

 
 



 
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by jdmn | 2006-05-22 02:14 | 独り言